第十六話 雷を越えし刃
海で、息をする。十六話です!今回は初のAクラスのレヴィアタンと戦いますが……突如として想定外の出来事が起きます!潮斗の成長が見えると思いますので楽しみにしてください!
【前回のあらすじ】
アイザーン・ヴァースト海賊団のボスと激闘を繰り広げたことにより、海賊達と仲良くなった潮斗とリンネットの二人は、夜まで海賊達と酒を飲み明かして楽しんだ。
潮斗とリンネットの二人は、海賊たちに見守られながらアイザーン・ヴァーストの拠点を後にした。
「また来いよ!」
「じゃあな!」
「次は負けねぇからな!」
背後から次々と飛んでくる声は、どれも荒々しく、それでいてどこか温かい。潮斗は振り返り、大きく手を振った。
「じゃあな!」
別れの言葉なのに、不思議と寂しさは薄い。
また会えると、どこかで分かっているからだ。
その様子を横目で見たリンネットは、少しだけ目を細める。今の潮斗は、最初にこの海へ来た頃とはまるで違う。何か重りのようなものが外れたかのように、軽く、まっすぐで、自然に笑えている。
二人は海賊の案内で、揺れる海藻の森へと入っていく。柔らかな光が差し込み、緑の葉がゆらゆらと波に揺れる。その中を進みながら、案内役の海賊がぽつりと口を開いた。
「ありがとうな。お前らのお陰で楽しかったよ」
飾らない、素直な言葉だった。
「それは俺もだよ」
潮斗はすぐに返す。
「うん、なんだかんだで楽しかった」
リンネットも小さく笑って続けた。それを聞いた海賊は、満足そうに大きく頷く。
「そうか!」
短い一言だが、それだけで十分だった。
やがて海藻の森の入口が見えてくる。遠くには、帰るべき街――アトランティスの輪郭がうっすらと浮かんでいた。海賊はその場で立ち止まる。
「ここで道案内は終わりだ」
少しだけ間を置き、にやりと笑う。
「ここでお別れだが……俺らはもう家族だ。いつでも来い」
照れ隠しのように頭をかきながらも、その声はまっすぐだった。潮斗は一瞬言葉に詰まり、それから力強く頷く。
「あぁ、また来る」
リンネットも静かに頭を下げる。
「世話になったね」
三人は短く手を振り合う。そして潮斗とリンネットは、海藻の森を抜け、アトランティスへと帰っていった。背後で揺れる緑の影が、いつまでも見送るように揺れていた。
やがて二人の視界に、見慣れた街並みが広がる。白い建物と透き通る水路が連なる海底都市――アトランティス。リンネットは大きく体を伸ばしながら、のびやかに言った。
「ただいまぁ」
海賊たちの拠点のような喧騒はない。怒鳴り声も、酒瓶のぶつかる音も聞こえない。代わりにあるのは、規則正しく流れる水の音と、落ち着いた人々の足音。賑やかさはない。けれど、その静けさがどこか安心をくれる。
潮斗は街並みを見渡し、小さく息を吐いた。
「さて……TWCに黙って外に出たことをどうやって言おうか……」
少し怖気づいたように呟く。あの数日は、どう考えても“通常業務”ではなかった。
すると、隣でリンネットがにやりと笑う。
「大丈夫! 二人とも有休ってことにしてるから!」
親指を立ててグッドマーク。一瞬、潮斗は言葉を失い――それから苦笑した。
「流石、リンネット先輩ですね」
「でしょ?」
得意げな顔に、思わず肩の力が抜ける。こういうところは抜け目がない。大胆で、自由で、それでいてちゃんと計算している。
二人は並んで歩き出す。石畳の路地を、水面から差し込む淡い光が揺らしている。海賊たちの熱い日々は終わった。しかし、それは何も失ったわけではない。潮斗の足取りは、来たときよりも軽い。
そしてその先にあるのは、彼らの本来の職場――TWC。
静かな都市の中で、新しい日常が、また動き出そうとしていた。
TWC本部に戻った直後のことだった。
「上官がお呼びだ」と告げられ、潮斗とリンネットは顔を見合わせる。胸のどこかがきゅっとなる。嫌な予感――二人とも同じものを感じていた。
扉をノックし、入室の許可を得る。扉が閉まると、部屋の空気はひやりと張り詰めた。席に着くや否や、上官は書類から視線を離さずに、開口一番こう言った。
「アロンダイトなんて持って外で何してたんだ?」
その一言で潮斗の背筋が凍る。想像していなかった角度から質問が飛んできたのだ。言葉が詰まり、視線が泳ぐ。潮斗の挙動はさらに疑惑を深めたらしく、部屋の圧力は確かに増した。
だが、リンネットは一歩前に出て瞬時にフォローした。
「あぁ! それは私が特訓に付き合ってもらったんですよ!」
上官の声が低く、厳しくなる。
「確かに、一等兵以上の職員は単独での外出を許可しているが……一等兵以下を連れていく時は申請が必要なハズだが?」
リンネットは笑顔を崩さない。だが声はわずかに上ずっている。真剣な雰囲気の前で、いつものあの余裕が少しだけ揺らいだ。
「そ、それは私が忘れちゃってたみたいで……」
上官はさらに静かに追及する。
「リンネット一等……貴方は真面目でミスなく過ごせていた。何故こんなミスを?」
リンネットの口が一瞬止まる。言葉を探す沈黙の中、潮斗は決心して割って入った。
「俺がほぼ無理矢理連れて行ったからです!」
その声に、リンネットは小さく目を見開いた。潮斗は続ける。
「俺がどうしても実戦形式で特訓したくて……先輩に頼み込んだんです」
半分は本当で、半分は守るための嘘。だがその正直さが、場の空気を少し和らげるようでもあった。室内に静かな沈黙が広がる。上官は椅子にもたれ、しばらく考え込む。時計の針だけが軽く時を刻む。
やがて上官は重い声で言った。
「なら、次から気をつけるように。今回は見逃すが――もし同じことをやったら外出禁止になることを覚悟してもらいたい。」
二人は同時に背筋を伸ばし、深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
部屋を出る扉の前で、潮斗は小声で呟く。
「リンネット先輩……バレてるじゃないですか……」
リンネットは天井を見上げ、ゆっくりと息を吸った。
「スゥゥゥ……ごめん」
珍しく素直な謝罪が返ってきた。潮斗は思わず息を漏らし、笑いをこらえそうになる。さっきまで海賊相手に堂々としていた先輩が、今は反省モードでいる。不思議とそれが嫌ではなかった。叱られたけれど、守られた気がする――そんな温度が二人の間に残る。
「次はちゃんと申請しましょうね」
「うん……次はちゃんとする」
廊下に出ると、TWCの静けさがいつもどおり二人を包む。規律と責任の世界だが、ふとした瞬間に二人だけの空気が顔を出すのが心地よい。
その夜は驚くほど静かだった。叱責の余韻はどこへやら、潮斗とリンネットはそれぞれの部屋でゆっくり休むことができた。海賊たちの喧騒も、上官の鋭い視線も、今はもう届かない。
翌朝はいつもどおりにやってきた。規律正しい足音と淡々とした報告の声が、本部の廊下に響く。潮斗が歩いていると、背後から聞き慣れた声がした。
「潮斗くん、また会ったね」
振り向くと、そこには田中さんがいた。
「田中さん! お久しぶりです!」
自然と笑顔が返る。田中は柔らかく笑いながらも、目には仕事の色が滲んでいる。
「いやぁ、今回は二等兵二人居るって聞いてたから、誰かと思えば潮斗くんとはねぇ」
潮斗は気軽に応じるが、話の雰囲気はすぐに任務へと移る。
「それで、今回の任務の内容……」
田中が顎を擦りながら小さく唸る。
「あぁ、私の勘も疼いてる。何か変だ」
今回の任務はAクラス討伐。編成は一等兵二名、二等兵二名――戦力的には申し分ない。しかし問題は“場所”だった。北西の砂地、本来は最大でもBクラスしか見られないはずの海域で、以前はSクラスが現れ、今回Aクラスが出現している。しかも報告は一件ではない。分布が明らかに崩れているのだ。
「明らかに活発になっている。裏に何かあるね、潮斗くん。」
田中の声は穏やかだが確信がある。潮斗はためらわず答えた。
「田中さんもそう思いますか。俺もです。」
海賊団で過ごした日々が、潮斗の視野を広げていた。偶然で片づけられない違和感が、自然と彼の胸に灯る。田中は小さく肩をすくめる。
「上はまだ“局地的な異常”で片付けたがってるけどねぇ」
「でも、数字は嘘をつかない。出現頻度も、移動範囲も、確実に変わってる」
窓越しに見える海は今日も穏やかだ。だが、その下で確かに何かが動き始めている――そんな気配を二人は共有していた。潮斗は静かに拳を握り、気を引き締める。
「気を引き締めていこうか」
「はい」
短い返事だが、その瞳には迷いがない。静かなTWCの朝。外見は平穏でも、水面下では確実に新しい動きが始まっているのだった。
潮斗は、目的地へ向かう輸送車に乗り込むと、すでに二人の一等兵が座っているのを見つけた。
車内は静かで、微かにエンジン音だけが響いていた。潮斗は軽く頭を下げる。
「よろしくお願いします」
がっしりとした体格の男が、低い声で応えた。
「あぁ、よろしく」
視線は向けるが愛想はない。その男が、後にヘルガーだと知ることになる人物だ。――そしてもう一人は女性。腕を組み、目を閉じたまま、一言も発さない。返事すらない。
潮斗は一瞬、どう反応すべきか迷った。その空気を察したのか、隣に座っていた 田中 が小さく笑って肩をすくめる。
「気にしなくていいよ、潮斗くん。よくあることさ」
「一等兵は個性が強い人が多いからねぇ」
素っ気なく挨拶を返した男――ヘルガーは、短く刈った髪と鋭い目つきで歴戦の雰囲気を纏っている。無言の女は ラース。長い前髪の隙間から覗く瞳は閉じられたままだが、その存在感は静かに重い。二人とも、ただ者ではない。
車が走り出す。揺れる車内で、潮斗は小さく息を吐いた。(……癖が強そうだな)――戦力としては申し分ない。だが、連携となると話は別だ。無口なラースは本当に喋らないのか。ヘルガーは協調型か、それとも単独行動型か。まだ何も分からない。ただ一つ確かなのは――この任務は単なるAクラス討伐で終わらないかもしれない、ということだ。車窓の外、景色は徐々に砂地へと変わっていく。静かな車内に、見えない緊張が漂い始めていた。
ほどなく沈黙を破ったのは、ヘルガーだった。
「二人は……知り合いなのか?」
低いが先ほどより柔らかい声だ。
「そうです。一応、先輩と後輩で」
「ほぉ? 先輩と後輩か……」
ヘルガーは顎に手をやり、興味深そうに二人を見る。潮斗は内心で少し拍子抜けした。(思ったより普通だ)もっと無骨で取っつきにくい人物かと思っていたが、会話はできるタイプらしい。
「この子、目を離した隙に三等兵から二等兵に昇格してたんですよ」
田中が少し笑いながら口を挟んだ。
「そりゃ、凄いな」
ヘルガーもつられて笑う。
「最近の若いのは伸びが早いな」
「いえ、まだまだです」
潮斗は素直に頭を下げる。胸の奥が少し熱くなる。評価されるのは悪い気分ではない。
一方、ラースは目を閉じたまま微動だにしない。眠っているのか、それともただ聞いているだけなのか。車の揺れにも表情を変えないその姿は、どこか異様な静けさを纏っている。ヘルガーがちらりとラースを見る。
「こいつは無口だが、腕は確かだ。安心しろ」
ラースは何も言わない。だが次の瞬間、ほんのわずかに彼女の指先が動いた。気のせいかもしれない。しかし潮斗は、その静かな存在がただの“無口”ではないことを直感した。
車はさらに砂地へと近づいていく。和らいだ空気の裏で、任務の緊張は確実に高まっていた。
目的地に到着すると、四人は車を降りた。砂がゆるやかに舞い、視界は思った以上に開けている――だが地形は複雑だ。浸食された岩柱と浅い起伏が入り組み、死角が多い。
「よし、ここから数キロ先が対象の目撃情報があった場所だ。入り組んでるから徒歩で行くぞ」
ヘルガーは迷いなく指示を出す。声に無駄がない。一等兵らしい、実戦慣れした統率だ。四人は細い道を進み続ける。砂を踏む音だけが規則的に響く。やがて視界が開け、ヘルガーが周囲を見渡す。
「ここら辺みたいだな」
「なら、捜索開始だね」
田中が軽く頷く。二人一組、発見次第発煙筒で合図。単純だが、この地形では合理的な分担だった。
――そして、潮斗にとっての“問題”が決まった。相手はラース。無口を貫く一等兵。
「……よろしくお願いします」
二回目の挨拶。ラースはわずかにこちらへ視線を向けるが、感情の読み取れない瞳だ。返事はない。そのまま静かに歩き出す。
「気まずい……」
潮斗は小声で呟き、数歩後ろからラースの後を追う。距離は近すぎず遠すぎず。ラースの足取りは一定で、周囲の地形を正確に把握しているようだ。視線は低いが、見ている範囲は広い。
(無口ってだけで、ちゃんと周囲は見てる……)
ただ喋らないだけではない。研ぎ澄まされている。砂地は静まり返り、風もない。生物の気配もない。それが逆に不自然だった。
潮斗はアロンダイトに手を添える。ラースの歩みが、ほんのわずかに止まった。次の瞬間、彼女の目がすっと開く。前方の砂丘の影を射抜くその視線は鋭い。言葉はないが、空気が変わる。
――何かがいる。
砂丘の陰から蠢く影が現れた。鰻のようにしなやかな胴体、ウミヘビを思わせる鋭い顎──Aクラスだと直感が告げる。そんな緊迫した瞬間、ラースは即座に手で合図を出した。
「発煙筒」
「あ、はい」
彼、潮斗が言って発煙筒を撃ち上げる。だが、同時に別方向からもう一本の煙が上がった。
「同時に二体?!」
思わず声が漏れる。ラースは小さく息を吐き、その視線を彼に向ける。言葉はないが、静かに伝わるものがあった──“二人でやる”。援軍を待つより先に仕留める、その覚悟が互いの背中を押す。
「わかりました。できるだけ援護します」
返事をした瞬間、ラースはもう動いていた。砂を蹴る音はほとんどなく、瞬く間に距離を詰める。槍型のアロンダイトが弧を描き、流れる水のような軌道で振るわれる。相手が気づくより先に胴体へ深い裂傷が入り、赤い飛沫が砂に散る。
「速い……」と彼は息を呑み、追随する。大剣を構え、踏み込んで横薙ぎを放つが、蛇のような体躯は柔軟にくねり、回避される。空を斬る感触だけが残る。しかし刃は完全に無駄になったわけではない。ヒレを掠め、鱗を削ぎ落とす。レヴィアタンが甲高く鳴き、怒りと痛みが混じる。細長い体が反転し、鞭のような尾を振るう。
咄嗟に彼はガードし、衝撃が腕を襲う。その隙にラースが再び踏み込み、槍が低く走って腹部を抉る。無駄のない動き。迷いのない一連の所作に、「まるで相手の動きを知っているかのようだ」と彼は思う。
だが、地面が微かに震えた。別の煙を上げた方角で砂が盛り上がる。二対二。状況は一瞬で均衡を崩しかける。彼は息を整え、大剣を握り直す。
「来ますよ、先輩」
ラースは無言で頷き、槍先がわずかに角度を変える。次の瞬間、二体目が砂を破って跳ね上がった。甲高い咆哮、空気が震える。一直線に突撃してくるのを、その横合いから巨大な影が割り込んだ。
「ッらァ!」
轟音と共に叩き込まれた一撃。レヴィアタンの体が横へ弾き飛ばされる。援護に現れたのは、がたいのいい男──ヘルガーだ。彼は叫ぶ。
「すまん! 留めておくつもりだったが逃げられてしまった!」
そのまま間合いを詰め、大剣型のアロンダイトを振り下ろす。重く深い一撃が砂煙を巻き上げる。ラースの速さとは対照的な、純粋な破壊力だった。後方からは田中が駆け寄りながら短く声を残す。
「まさか二体目いるとはね。頑張ろうか、潮斗くん」
二対一に持ち込まれた敵は任せられる。目の前の最初の一体に集中しようと彼は声を張る。
「俺達は目の前の奴に集中しましょう」
ラースは無言でコクッと頷いた。次の瞬間、最初のレヴィアタンが身を捻り、砂を巻き上げて突進してくる。横へ跳び、着地と同時に大剣を叩き込む。鱗が火花を散らし、ヒットは浅いものの確かに傷を残す。
その刹那、ラースが低く滑り込み、槍が地を擦るように走り下腹部へ深く突き刺さる。内部から嫌な感触が伝わり、レヴィアタンは絶叫する。尾が暴れ、彼は即座に間合いを詰めて尾を斬り払う。動きが鈍り、ラースは槍を引き抜いて反転、首元へ一閃──刃が喉を貫き、個体の動きは止まった。巨体が震え、やがて砂地に崩れ落ちる。
静寂が訪れ、荒い息だけが残る。「……終わった」と彼が呟く。ラースは血を払うように槍を一振りし、静かに息を整える。その横顔は無表情だが、ふと視線が彼へ向き、評価するように小さく頷いた。
しかし、そのとき向こう側から轟音が響く。まだ終わってはいない。ヘルガー達の方は激しくやり合っており、彼は駆け出そうと叫ぶ。
「俺達も加勢に!」
だが、その瞬間、ヘルガー達が戦っている個体のヒレが擦れるように震え始めた。嫌な予兆だ。
「……ッ!」
ラースが反応するのが早かった。迷いなく飛び込み、彼を覆いかぶさって盾になる。直後、閃光──バチィィィッ! 放射状の電撃が走り、砂が弾けて焼ける匂いが広がる。ヘルガーが叫び、巨体が崩れ落ちる。田中はとっさに押しのけられて不意を免れたものの、痺れで膝をつく。
「あのレヴィアタン……今、電気を……」
彼は息を呑む。Aクラスに電撃能力の報告は無く、だが今の出力は規格外だ。ラースは静かに立ち上がり、槍を握り直して無線へ向かう。
「対象のレヴィアタンから特殊能力を確認……Sクラスへの引き上げ及び増援をお願いします」
その声は低く落ち着いていたが、額には冷や汗が光る。Sクラス──単独では准特等兵級でも厳しい相手だ。今ここにいるのは一等兵二名、二等兵二名。戦力は足りない。砂の向こうで、電撃を纏う個体がゆらりと体を持ち上げる。深い傷があるはずでも、死んでいない。瞳が光り、周囲の砂がパチパチと帯電し始める。
彼は歯を食いしばる。
「増援が来るまで……時間を稼ぐしかないですね」
ラースの言葉は短い。
「三分」
「……え?」
と応じる声が返るだけだ。到着推定を告げると、彼女は前に出る。電撃を纏う相手と対峙するその背は小さいが、揺るがない。風が止み、空気が重くなる。Sクラス相当、次元の違う戦いがここで始まろうとしていた。
「行くよ」とラースの短い合図。
「はい!」と潮斗は即答し、二人は同時に駆け出す。
砂を蹴る。空気がざわめき、電気を帯びた獣の体表が低く輝く。ラースは相手の周囲を円描くように走り、死角へ死角へと入り込む。軌道が読めない鋭さ――槍先が何度も閃き、獣の皮膚に浅い切り傷を刻んでいく。
そのほんの一瞬の隙に、潮斗は大剣を跳ね上げ、重さを乗せた一閃を叩き込む。刃が舞い、砂煙が光を裂いた。だが相手は電を纏っている。体表には常に微かな放電が走り、深く踏み込みすぎれば感電で戦闘不能――ひとつの誤算が全滅を招く。
緊張が喉を焼く。しかし二人の動きは、言葉を超えて噛み合っていた。右へ跳べば左が塞がれ、振れば注意が外れる――互いを“感じ”、その感覚で呼吸を合わせる。
再び獣が甲高く咆哮し、ヒレを擦り合わせる。嫌な音が空気を裂く。放電の予兆だ。
「離れて!」
ラースが射程外へ走る。しかし砂が彼女の足元をすくう。バランスを失い、倒れ込む。電流が集中し、青白い光がその周囲を巻き始める。間に合わない――絶望が一瞬顔をよぎる。
「オラァ!」
潮斗が割って入る。躊躇はない。彼はその場に飛び込み、倒れた相手の身体を抱え込んで勢いよく横へ跳んだ。バチィィィッ!! 閃光が広がり、砂が弾け、二人は転がるようにしてぎりぎりで射程外に滑り出す。
焦げた匂い、耳鳴り、暴れる心臓。数秒の静寂。ラースは潮斗の腕の中で目を瞬かせ、掠れた声で呟いた。
「……ありがとう」
初めて感情が乗ったその言葉に、潮斗は一瞬言葉を失い、すぐに苦笑した。
「お互い様です」
戦いは終わっていない。獣は傷だらけでも、まだ立っている。放電の後に現れる短い隙を二人は見逃さない。潮斗がタイドを握り直し、低く叫ぶ。
「今がチャンスです!」
ラースは無言で頷き、再び踏み込む。槍が連続で突き刺さり、鱗を裂き、血飛沫が舞う。翻弄――そのわずかな隙を潮斗が逃さず、大剣を叩きつける。重い斬撃が肉を断ち、刃が深く食い込む。
だが獣は執拗に最後の力を振り絞る。ヒレが擦れ合い、再び放電の気配が濃くなる。
「避けて!」
ラースの声。潮斗は瞬時に後退する。直後、バチィィィッ!! 閃光が砂を照らし、焦げる匂いが立ち込める。
「今!」
二人は放電直後の僅かな虚を突いて飛び出す。だが獣が咆哮と同時に、二度目の電撃を放った。ラースが直撃を受け、身体が痺れて崩れ落ちる。
「ラースさん!」
潮斗は辛うじて射程外におり、無傷だった。しかし状況は悪化する。ラースは歯を食いしばる。
「な、なんで……電撃は一回ずつじゃ……」
思い込みが砕ける。相手は最初から隠していたか、以前のデータが通用しないのか――。息を飲む間もなく、三度目の電撃が走る。
だがラースは一瞬の閃きで槍を放った。一直線に飛んだその槍は獣の体へ深々と刺さり、鉄の軌道に電流が集中する。金属が即席の避雷針となり、電撃は砂へと分散される。ラースの読み――“勘”が働いた瞬間だった。
その一瞬の空白を潮斗は見逃さない。全身を震わせ、踏み込み、声音を張り上げて叫ぶ。
「うおおおおお!」
全力のスイング。大剣が軌道を描き、首元へ叩き込まれる。ドスン――刃が喉を断ち、重い音が砂地に響く。獣の動きが止まり、巨体がゆっくりと傾いて砂に崩れ落ちた。焦げた空気の中、潮斗は荒い息を吐く。
ラースは倒れたまま、半ば朦朧とした目で彼を見て、かすかに――「……悪くない」と呟いた。それは称賛か、安堵か。遠くで増援の気配が近づいてくるが、目の前の戦いは終わっている。
「ハァ……ハァ……」
潮斗は荒い呼吸のまま、ゆっくりと周囲を見渡した。砂は焼け焦げ、空気にはまだ微かに焦げ臭さが残っている。
だが――ヘルガーは目を覚ましていた。座り込みながらも、こちらをしっかり見据えている。
田中は少し痺れの残る腕を振りながら、潮斗へ向かってグッドマークを送る。
そして、ラース。地面に片膝をつき、まだ体は痺れているはずなのに──潮斗へ向かって、ほんのわずかに微笑んでいた。無口で、冷静で、隙のない一等兵。その表情は、戦友へ向けるものだった。
Sクラス討伐。一等兵一人、二等兵一人。規格外の戦果は、やがて上層部へと届く。そして、その報告は円卓の騎士たちの耳にも届くのだ。
(場面が変わる)
アトランティスを囲む巨大な外壁の上。海を見渡す場所に一人、女性が立っている。彼の名はアーサーだ。
「アイツ、Sクラスを一等兵一人と一緒に討伐したらしいよ。」
風に髪を揺らしながら静かに言うその声の背後には、影が立っている。ランスロットだ。
「アイツ……?」
一瞬考えたランスロットが顔をほころばせる。
「あぁ……アイツか!」と、思い出したように笑いながら言う。
「ハハハ! アイツ、また強くなったのか!」と高らかに笑い声が壁の上に響き渡る。
アーサーは遠くを見つめたまま、静かに微笑む。
「そうみたいだね。」
海の向こう、まだ見えぬ何かが動いている気配。アーサーは薄く息を吐き、興味深げに続ける。
「さて……次はどんなことしてくれるのかな?」
期待と興味を滲ませるその言葉は、注目の証だ。円卓の騎士たちが注目する存在──それは、誇りであると同時に、新たな試練の始まりでもある。
風が強く吹き抜ける。物語は、静かに、しかし確実に次の段階へと歩みを進め始めていた。
海で、息をする。十六話はどうでしたか?上官に詰められるリンネットと潮斗の二人、そして田中さんの再登場、一体のはずが二体目が現れ、しかも特殊能力を持っていてSクラスに!そのSクラスを潮斗とラース二人が協力して討伐!もし面白いと思ったら感想と評価をいただけると励みになります!
次回は潮斗の親友が登場します!




