第十五話 酒の友
海で、息をする。十五話です!今回は平和な回です!海賊達と夜になるまで騒ぎ、ブリギットの意外な一面も見れます!
【前回のあらすじ】
アイザーン・ヴァースト海賊団のボス、ブリギットと激闘を繰り広げた潮斗はついにブリギットに勝利し、壁を乗り越えた。だが潮斗は疲労で倒れてしまい……
潮斗が目を覚ましたとき、隣にいたはずのリンネットの姿はなかった。
錆びついたコンテナの継ぎ目から、淡い朝の光が細く差し込んでいる。昨夜の喧騒が嘘のように静かで、ほんの一瞬、世界が止まっているように感じられた。
まだ重たい身体を起こし、額に残る微かな酒の熱を手の甲で押さえる。のれんをくぐって外へ出た、その瞬間――
どっと音の洪水が押し寄せた。
笑い声。怒鳴り声。木箱を叩く乾いた音。酒瓶がぶつかり合う甲高い響き。
甲板では、すでに宴が始まっていた。
朝だというのに、海賊たちは酒をあおり、肩を組み、昨日の戦いを肴に腹を抱えて笑っている。夜がそのまま続いているかのような熱気だ。
「お? 起きたか!」
通りがかった海賊が潮斗に気づき、豪快に声を張り上げる。
「……この騒ぎは?」
目を細めながら問うと、海賊はニヤリと歯を見せた。
「昨日の戦いで貰った“熱”がまだ抜けねぇのさ! だからこうやって発散してんだよ!」
なるほど、と潮斗は思う。
あの激闘は、勝者も敗者も関係なく、この船全体に火を灯したらしい。
「ほらほら、テメェも行ってこい!」
言うが早いか、背中を思いきり叩かれる。
「ぐっ……!」
まだ万全ではない身体に衝撃が走る。そのまま勢いで、宴の輪の中へ押し出された。
「おぉ! 潮斗じゃねぇか!」
「姉貴をブッ倒した男だ!」
「主役が来たぞ!」
一斉に視線が集まる。次の瞬間、巨大なジョッキが目の前に突き出された。なみなみと注がれた琥珀色の酒が、朝日を反射してきらりと光る。
「お前も飲め!」
「……朝から酒……?」
思わず漏らすと、周囲がどっと笑った。
「何辛気臭い顔してんだ! 朝に飲む酒は格別なんだよ!」
豪快な笑い声が響き渡る。
潮斗はジョッキを見つめた。
泡がゆらりと揺れ、太陽の光を含んで輝いている。
どうするべきか、ほんの一瞬だけ迷った、そのとき。
「飲みなよ、潮斗くん」
背後から聞き慣れた声がした。
振り返ると、そこに立っていたのはジョッキを片手にしたリンネットだった。
――だが、いつもの制服姿ではない。
肩には海賊のライダージャケット。背中には堂々と描かれた
アイザーン・ヴァースト海賊団のロゴ。
さらに頭には同じ紋章入りの海賊帽子まで被っている。
「……リンネット先輩、それは?」
呆然と尋ねると、リンネットは少し頬を赤らめながら帽子のつばを弾いた。
「あぁ、これ? お酒で勝負してたら勝っちゃってね……景品!」
にこにこと笑うその姿は、完全に上機嫌だ。
横で顔色を青くした海賊が、震える声で呟く。
「その女……ヤバいぞ……ジョッキ十本以上がぶ飲みして、まだ“ほろ酔い”だ……」
「化け物かよ……」
別の海賊が小声で同意する。
リンネットはそんな視線などまるで意に介さず、潮斗の目の前にジョッキをぐいっと差し出した。
「ほらほらぁ……潮斗くんも飲みな〜?」
すっかり輪の中心だ。
笑い、肩を組み、もう完全に打ち解けている。
その光景を見て、潮斗はふと奇妙な感覚を覚えた。
――自分だけ、取り残されているような。
昨夜は自分が中心だったはずなのに。
今は、船の熱にまだ馴染みきれていないのは自分だけのように思える。
「じゃ、じゃあ……」
覚悟を決め、ジョッキを持ち上げる。
朝日を透かす酒の色が、波のように揺れた。
一瞬のためらい。
そして――
ゴクッ。
喉を通る熱が、身体の奥へと落ちていく。
胸の内側がじわりと温まる。
ざわめきが、少しだけ遠のいた気がした。
――この船の朝は、思っていたよりも騒がしく、そして少しだけ、心地いい。
潮斗はもう一口、静かに酒を流し込んだ。
「……意外と美味い」
潮斗は思わずそう漏らした。
海賊製の酒と聞いて想像していたのは、荒っぽくて喉を焼くような代物だった。
だが口に含むと違った。ふわりと鼻を抜けるのはウイスキーのような深い香り。だが口当たりは驚くほど軽く、ビールのように洗練されたキレがある。
雑味がなく、するすると喉を落ちていくその感覚に、潮斗の顔が思わずほころんだ。
「そうだろぅ? 俺らの酒は美味い!」
机にだらりと横たわりながら親指を立てる酔っ払いの声が弾ける。潮斗は一瞬驚いた顔をした。荒削りで大味な飲み物を想像していたのに、完全に思い違いだったのだ。
「海賊ってのはな、酒には正直で本気なんだよ!」
別の海賊が豪快に笑い、ジョッキを掲げる。彼らの誇りは拳だけではなく、舌にも向けられているらしい。
嘘をつけば海も怒る、そういう気合いが味に表れているのだと、潮斗は納得しかけた。
もう一口飲む。喉を通る熱が、今度は身体の芯へとじんわり広がった。ここにはこの船なりの“本気”が流れているのだと、ようやく理解した気がした。
周囲を見渡すと、屈強な男たちだけでなく、逞しい女たちの姿も混ざっている。
肩を組み、豪快に笑い、ジョッキを掲げる彼らは、昨日の緊張を忘れているかのように軽やかだ。さらに目をやると――その輪の中に小さな影が混じっているのが見え、思わず潮斗は息を呑んだ。
「子供?!」
酒を吹き出しそうになりながら呟く。慌てて目をこすると、背後から低く笑う声が聞こえた。
「ハハハ! 安心しな! ちゃんとジュースだ!」
子供たちは木製のコップを掲げ、大人たちと同じように「かんぱーい!」と声を合わせていた。中身は色の薄い果汁らしく、ちゃんとジュースであることがすぐに分かって潮斗は胸をなで下ろす。場の空気は安心感を含み、どこか温かい。
「この雰囲気、良いだろ?」
ブリギット が誇らしげに言う。潮斗は改めて広場を見渡した。昨夜は拳で向かい合った相手たちが、今は肩を組み、笑い合い、子供と遊んでいる。敵味方の境界が溶け、ただ一緒に時間を共有している光景がそこにあった。
「……そうだな。こういうのは、飽きない」
潮斗の言葉は素直で、気取ったところのない感想だった。それを聞いたブリギットは口元をゆるませる。彼女は潮斗の背中を軽く叩きながら言った。
「なら、難しい顔してねぇで――とにかく楽しめ」
命令のようでもあり、誘いのようでもあるその一言は、敵ではなく仲間に向けられた言葉だった。潮斗はジョッキをもう一度掲げ、海の朝を、そして新しい関係の始まりを、静かに受け止めた。
日が落ち、さっきまで甲板を震わせていた笑い声は、波が引くように少しずつ静まっていく。あちこちに酔い潰れた海賊たちが転がり、木箱を枕にして豪快ないびきを響かせている者もいれば、女房らしき女性に耳を引っ張られ、
「ほら帰るよ!」
と叩き起こされ、情けない声を上げながら連れて行かれる者もいた。
それでも、まだ灯りは消えない。
甲板の一角では、静かな晩酌が続いていた。
潮斗、リンネット、そして数人の海賊たち。
昼間の喧騒はもうない。代わりにあるのは、穏やかな笑いと、グラスが触れ合う小さな音だけだった。
潮斗は、月明かりに照らされた揺らめく“空”――海面を見上げる。光が波に砕け、白くきらめき、まるで星が落ちているように瞬いていた。
グラスを傾け、酒を軽く口に含む。
「潮斗って、酒強いんだな……」
隣に腰を下ろしていたブリギットがぽつりと言った。
「あぁ……親父が豪酒でさ。毎晩飲んでたんだ。多分、遺伝してる」
静かな声で答える。
「それ言うなら、ブリギットだって強いだろ? 全然酔ってないじゃん」
自然と口調が砕けている。
もう敵同士の距離ではなかった。
「あ、あぁ……それは……」
ブリギットがわずかに視線を逸らす。
歯切れが悪い。
その瞬間。
「姉貴は酒飲めないんすよぉ……」
近くで酔い潰れていた海賊が、地面に寝転んだまま口を滑らせた。
沈黙。
「……え?」
潮斗が目を瞬かせると同時に、ブリギットは一瞬で動いた。
酔い潰れた海賊を背後から羽交い締めにする。
「口、滑らせやがってぇ……」
低い声。
だが、その頬はうっすら赤い。
「あ、姉貴ッ……死ぬッ!」
ばしばしと腕を叩く海賊。しばらく締め上げたあと、ブリギットはふっと力を抜いた。海賊は咳き込みながら崩れ落ちる。
何事もなかったように、彼女は潮斗の隣へ戻ってきた。
しばし、沈黙。
そして、ぽつりと。
「……恥ずかしいだろ。海賊のボスが酒ダメなんて」
月明かりの下、視線を合わせようとしない。
あれだけ豪快で堂々としていた女の、唯一の弱点。
それが、酒だった。
「ブリギット……酒が無理なのか」
潮斗は素直に驚きを口にする。
「……ッ! いちいち確認すんな!」
赤い顔で睨みつける。怒りなのか照れなのか分からない声だ。
そのとき――
「ブリギットちゃん、昔っからお酒はダメなのよねぇ〜」
後片付けをしていた五十代ほどの女性が、くすくす笑いながら口を挟んだ。
「ちょ……!」
止める間もなく、追撃が飛ぶ。
「初めて飲んだときなんてねぇ、一口で酔い潰れちゃって。顔まっかっかで“強くなるぅ……”とか言いながら寝ちゃってさ。あの時は可愛かったよぉ」
まだ起きていた海賊たちが一斉に吹き出す。
「やめろォ!!」
声が裏返る。
「……う”う”う”ぅ”……」
拳を震わせるが、相手は古参だ。手を出せば後が怖いのだろう、必死に理性で抑えている。
潮斗は、そんなブリギットをまじまじと見つめた。
昼間は誰よりも強く、誰よりも大きく見えた存在。今は昔の失敗を暴露され、顔を赤くしている“普通の人間”。
「……へぇ」
思わず、口元が緩む。
「な、なんだその顔は!」
噛みつくような声で潮斗は肩をすくめた。
「いや。なんか安心した」
「は?」
「ちゃんと弱点あるんだなって」
その言葉に、ブリギットは一瞬だけ言葉を失う。
月明かりが、静かに彼女の横顔を照らす。
赤く染まった頬は、酒のせいではない。
そしてその夜、潮斗は初めて、海賊の“ボス”ではなく一人のブリギットを見た気がした。
海で、息をする。十五話はどうでしたか?ブリギットの酒がダメという可愛らしい一面、リンネットが酒で無双、そしていつの間にか仲良くなってるブリギットと潮斗、もし面白いと思ったら感想と評価をいただけると励みになります!
次回はTWCに戻っていつもの仕事です!




