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第十二話 嵐の予兆

海で、息をする。十二話です!今回はあの人が再登場して意外な1面を出します!お楽しみに!

【前回のあらすじ】

潮斗、リンネット、美香の三人は潮斗の二等兵としての初任務が無事に終わったことを祝って居酒屋でお酒を飲んだ。

南東海域、海藻の森。

フルツァをはじめとする海藻が密生するこの一帯には、かすかな光の帯が揺れていた。日常の波紋と違い、ここでは水の流れが複雑に折り重なり、音も光も揺らぎながら伝わる。


リンネットと潮斗は、報告のあった範囲を慎重に捜索していた。小型レヴィアタンの群れがフルツァを食い荒らしているという。数が多ければ作業は難航する――潮斗の口から漏れた言葉には、その重みが滲んでいた。


「小型の群れ、ですか……数が多いと大変になりそうですね」


「まぁね」

リンネットは肩をすくめるように笑った。「小型は素早い。視界が悪いここでは特に攻撃が当たりにくいのよ」


二人は海藻の葉の間を慎重に進む。だが、延々と探しても群れの気配は薄い。刃の跡、噛み痕、食いちぎられた断片――被害の痕跡だけは確かにあるのに、当の当事者は消えていた。


「……おかしいですね」

潮斗が周囲を見渡す。海藻の間に、無残に喰いちぎられた小さな死骸が漂っているのが視界に入った。


「他のレヴィアタンの仕業、ですかね」

潮斗が慎重に呟く。


「多分そうだね」

リンネットは淡々と答える。縄張り争い、捕食、事故――こうしたことは稀に起きるのだと、彼女は言葉を続ける。しかし視線は常に周囲を巡り、警戒の手を緩めない。


その時、潮斗の耳がかすかな音を捉えた。遠くで揺れるような、か細い声。


「…聞こえましたか?」


「うん、聞こえた」

二人は互いに頷き、声のする方角へ加速する。声は途切れ途切れの泣き声だった――幼い声だ。


視界の先に、小さな影。その周囲には、もう一つ別の影が並行して迫っている。潮斗の胸に、一昨日見たあのレヴィアタンの動きが蘇った。


「一昨日のレヴィアタンです!」潮斗が叫ぶ。


「間に合って…!」リンネットが声を張り、速度を上げる。


しかし相手は速かった。レヴィアタンは二人より先に到達し、子供の前へ巨大な口を開く――その瞬間だった。


ドォン——!!


水中を揺らすような衝撃が起き、レヴィアタンの動きが急停止した。刃やアロンダイトの閃きではない、何か別の強烈な力が、一撃で生物を沈めていた。


潮斗は息を呑み、その光景を凝視する。子供の目前で巨体が弾けるように崩れ落ちるよりも早く、一人の人影が駆け寄ってきた。


「あれは……」

「いや、あの人は……」


そこに立っていたのは、ブリギットだった。刃も武器も携えず、ただ拳だけでBクラスの小型レヴィアタンを叩き伏せた――というより、殴り潰したに近い。彼女の動きはあまりにも速く、強く、無駄がなかった。


ブリギットは、崩れ落ちたレヴィアタンの骸に一切の興味を示さなかった。

巨大な影が完全に沈黙したことを確認するより先に、彼女の視線は別の方向――震えている、小さな存在へと向いていた。


彼女は足取りを緩め、ためらいなく子供の前に膝をつくと、その小さな体をそっと抱き上げる。


「こらこら……」


ほんの少し前まで、圧倒的な殺気をまとっていた人物とは思えないほど、柔らかな声だった。


「一人で外に出ちゃダメだろ? ほら、実際に危なかったじゃないか……」


そう言って、子供の頭をゆっくりと撫でる。その動きには、戦場の中にあっても不思議なほどの慣れと優しさがあった。


「……うん。ごめんなさい……」


子供は袖で涙を拭いながら、か細い声で答える。


「ブリギットお姉ちゃん……」


その呼び方に、ブリギットはほんの一瞬だけ目を細めた。

どこか照れくさそうで、それでいて懐かしむような、複雑な表情。


だが、その空気は長く続かなかった。


背後――水流のわずかな乱れと、視線の気配。

ブリギットは即座に察し、顔を上げる。


「……お前は……」


視線の先に立つ人物を認識した瞬間、彼女は思い出したように口角を吊り上げた。


「まだ生きてたのか!」


唐突な大声に、子供がびくりと肩を震わせる。

その反応に気づいたブリギットは、すぐに軽く咳払いをした。


「……失礼」


空気を整え直した、その時だった。


「姉貴!」


少し遅れて、一人の海賊が海中を蹴り、慌てた様子で駆け寄ってくる。


「姉貴、速すぎますって……!」


息を切らしながら周囲を見回し――次の瞬間、状況を理解して目を見開いた。


「えっ!? TWCじゃないっすか!?」


驚愕と焦りが一気に表情に浮かぶ。


「マズいっすよ! 早く逃げましょう!」


海賊は反射的に踵を返そうとするが、ブリギットは静かに首を横に振った。


「悪いが、私はコイツらと話がある」

「子供を抱えて、先に逃げてくれ」


「え……」


海賊は一瞬、言葉を失った。

そして、なぜか勝手に胸を打たれたような表情になる。


「ま、まさか……俺たちを逃がそうと……」


「違う」


間髪入れず、ブリギットは否定した。


「ただ、話し合いがしたい相手なだけだ」


「あー……はい……」


少しだけ残念そうに頷くと、海賊は子供を抱え、その場を離れていった。


残されたのは、静寂と、三人分の存在感。


ブリギットは改めて潮斗を正面から見据え、鼻で笑う。


「で、話し合いなんだが……」

「なんでここに居るんだ? 正義感だけの、ただのバカ」


潮斗は一歩前に出る。

視線は逸らさず、真正面から受け止める。


「それはこっちのセリフだ」

「……それに、俺の名前は潮斗だ」


「いや」


ブリギットは肩をすくめ、興味なさげに言い切る。


「お前は正義感だけの、ただのバカだ」

「それとも……今は違うって?」


「その通りだ」


潮斗は即答した。


一瞬だけ、ブリギットの目が細くなる。

値踏みするような沈黙が、ほんの刹那流れた。


「……ふぅん」


その視線が横に流れ、リンネットを捉える。


「それで……隣のヤツは何だ?」

「彼女か?」


「ち、違います!」


リンネットは即座に否定し、頬を赤くして声を荒げた。


「潮斗くん! 早くコイツ捕まえましょう!」


「……違うのか」


ブリギットは少しだけ首を傾げる。

だが、その興味も長くは続かなかった。


「まぁいい」


そう言い残し、背を向ける。


「正義感だけのただのバカ……お前とは一度、殺り合いたい気分だが……」


歩き出しながら、肩越しに投げ捨てるように言う。


「今はお預けだ」

「じゃあな」


その背中は一切の迷いなく、揺れる海藻の森の奥へと溶けていった。


潮斗は、その後ろ姿から目を離すことができなかった。


——再会は、決着にはならなかった。

だが確かに、次は避けられない。


ブリギットの姿が完全に見えなくなった後も、潮斗はしばらくその場に立ち尽くしていた。海藻の葉がゆっくりと波打ち、森にだけ残る微かな波紋が二人の間を隔てるようだった。


「……潮斗くん」

リンネットが、少し間を置いてから声をかける。声は静かで、だが確かな重みを含んでいた。

「あの人は……?」


「確か……」

潮斗は、言葉を探すように視線を落とした。海藻に反射する淡い光が、彼の顔に揺れる。

「アイザーン・ヴァーストって名前の、海賊団のボスです」


「えぇっ!?」

リンネットは思わず声を上げた。驚きがその声に混ざる。

「アイザーンのボスなの!?」

「アイザーン・ヴァーストって、実力主義で……海賊団の中でも屈指の戦闘力を持ってる集団だよ?」


潮斗の方へ視線を戻すリンネットの顔には、危険をはかるような色が差していた。


「もしかして……前に会ったって言ってた海賊って、あの人?」


「……はい」

潮斗は短く頷いた。言葉は小さかったが、重さを持っていた。


リンネットは一瞬考え込むように視線を泳がせ、それから素早く表情を引き締めた。


「……あの海賊団、掟を重んじるタイプだからね」

「だから無差別に襲ってくる連中よりは、少しは“安全”……だけど」


言葉を区切り、リンネットは潮斗の目をしっかりと見据える。


「危険なことに変わりはないよ。潮斗くん」


潮斗は喉を鳴らし、やや伏し目がちに問いかけた。


「……その、掟って?」


リンネットは指を折りながら思い出すように言葉を紡いだ。

「確か――」

「無駄な殺生を避ける」

「戦友は家族同然」

「それから……自分自身の力を持って育てろ、だったかな」


「最後のは……正直、よく分からないけどね」


短い沈黙の後、潮斗は小さくつぶやいた。


「……自分自身の力で、育てろ……」


彼の脳裏には、先ほどのブリギットの視線と言葉が繰り返し浮かぶ。

——正義感だけの、ただのバカ。

——今は違うって?


ブリギットは敵としてではなく、まるで“試す相手”として潮斗を見ていたのだと、はっと理解する。胸の奥で、何かが固まる感覚があった。


(……そういうことか)


潮斗は深く息を吸い込み、拳をゆるく握った。海藻の葉が彼らの周りで静かに揺れる。目の前にあるのは憎しみでも恐怖でもない――越えるべき“壁”だと、自分が認めた瞬間だった。

海で、息をする。十二話はどうでしたか?ブリギットの再登場、母性溢れる優しさ、そして主人公が越えるべき"壁" 次回はブリギットと激しく戦います!お楽しみに!

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