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海で、息をする

はじめまして。初投稿で少し緊張しています。

本作は「海の中だけど人は普通に息ができて、地面に立って生活する」世界を舞台にした王道バトル作品です。

専門用語は徐々に説明していきますので、気楽に読んでいただければ幸いです。

二百年前のことだ。世界の多くは、一夜にして変わった。


かつて人々が空と呼んだ場所から、終わりの水が降り注いだ。山も谷も都も畑も、ほとんどを飲み込まれた。大地の記憶は波に引き裂かれ、街路や橋は水底へ没した。人は逃げ惑い、家族を抱きしめ、そして海へ──ある者は泳ぎ、ある者は流された。そこに残されたのは、ただ「海」と、人が何とか作り出した拠り所だけだった。


だが、この世界の水は、ただの水ではなかった。水の化学式が、どこか違っていたという学者たちの言い方は、当時の人々には難解でしかなかった。とにかく、そこにあったのは呼吸の可能な海であり、波の向こうに立つことができる海だった。人はその水の中で息をし、足を踏ん張り、家をつくった。死人が残した瓦礫の上に、また小さな生活が芽吹いた。


だが変化は水だけに留まらなかった。もともと深海にいた魚たち、その生体に含まれていた調節物質が、突然の環境変化によって突飛に作用し始めた。海藻は異様に繁茂し、蔓のように大海原をまとい、深みの住人は巨大化し、あるいは異形の軍団を成して群れるようになった。最初にそれを見た漁師たちは「巨大魚」と呼んだ。次に学者たちは「変異群」と呼んだ。やがて兵站の現場では、彼らをただの「魚」とは呼べなくなった。彼らは知性にも似た働きを示し、群れで行動し、時には協調して獲物を追い立てた。やがて人々は、そうした存在を総じて「レヴィアタン」と呼ぶようになった。


レヴィアタンは大小さまざまに現れた。浅瀬で網を破る小さな個体もいれば、複数の個体で灯台のような構造を壊す群れもあった。時間が経つにつれて、彼らの「階級」が自然と定まっていった。ほかの生物と違い、レヴィアタンはその生態の深さと集団の質、そして時に示す戦術性に応じて、C、B、A、S、SS、そして最上位のSSSといった呼び名で区分されるようになった。Cクラスは沿岸や漁場の迷惑者に過ぎない。だがSクラス、SSクラスに至れば港や入江を一度に潰し、都市の供給線を断つ。SSSは別格だ。都市を脅かす存在であり、ひとたびその牙が向けば国家規模の危機になる。最初にそれを知った民は、恐れのあまり涙を流した。


人々は戦った。徒手の斧や鉄の杭から始まり、やがてより精緻な手段が求められた。海という新たな「戦場」は、ただ力を振るうだけではどうにもならなかった。そこで生まれたのが、レヴィアタン由来の“素材”を取り出す試みだ。ある漁村の若き職人が、偶然にもレヴィアタンの鱗に特殊な光沢と硬度を見出したのがきっかけだった。研究が進むにつれ、その物質はこの海でのみ特異に振る舞うことが判明した。精製し、加工すれば、海の中で従来の武器とはまるで別種の働きを見せる。やがてそれを「アロンダイト」と呼ぶようになった。アロンダイトは単なる名前ではない。武器を越え、物質としての名を帯びた。


アロンダイトを扱える者は、世界に対する別の切り札を手に入れた。だが、それは同時に危険を孕んでいた。アロンダイトの力は強力であり、その適合を誤れば装備者を蝕むこともある。なので適正の評価と訓練は不可欠だった。人が海と相対するためには、技術と倫理と組織が必要である。そうして、各地で防衛のための民兵や調査部隊が編成され、やがて中心となる機関の必要が叫ばれるようになった。


アトランティスは、そうした必要の中から生まれたひとつの答えだ。最初の頃、現在の中央地区の場所には中規模の街があった。外縁に港があり、サンゴの並木の一角に市場が立ち、人工の堤防がいくつか張り巡らされていた。難民たちが小屋を並べ、漁師が網を打ち、技術者が壊れた機械を直して暮らしていた。やがて人々は集い、再建を志し、より強固で計画的な都市をつくることを決める。いくつもの資源や人材が集中し、歳月をかけて、城壁と計画都市の原形が出来上がっていったのがアトランティス建設の始まりだ。


重要なのは、アトランティスの建設が「ある日突然」成ったのではないということだ。中規模の街が成熟し、そこに技術や商業が育ち、やがて巨大な公共事業として都市化が推し進められていった。それは自治の積み重ねであり、犠牲と努力の結晶でもあった。人々は地形を改修し、海流を調整し、外縁の防壁を築き上げた。15キロの半径をもつ円形の壁は、防衛と秩序の象徴となり、中央にはやがて高く聳える塔が立った。その塔は後にTWC本部となり、人々はそこを「塔」と呼び、敬意を払った。


TWCの創設は、アトランティス建設の少し前の出来事だ。人々が都市の将来を真剣に考え始めた頃、海の脅威を一本化して管理するための組織が必要だと合意された。TWC── those who challenge(名は変化するかもしれないが、我々は便宜上そう呼ぶ)は、討伐、調査、アロンダイトの管理、そして何より市民保護を担うために組織化された。組織は軍事的な側面だけでなく、研究と救援、さらにはコミュニティの再建支援も兼ねた総合機関だった。


TWCが設立されたのは、アトランティスの本格的な建設が始まる少し前──人々が都市を計画し、外縁を整えようという段階のことだった。つまり、元の街の延長線上にアトランティス計画があり、その「都市化の直前に」TWCが生まれ、やがてその中心は新しく出来上がる都市の心臓部へと移っていった。TWCは人材の育成を急ぎ、アロンダイト適性を見極める術を整え、適切な供給と管理の体制を整備した。適合の厳格化と倫理規定の制定は当初からの課題であり、後世の物語では賛否両論の源となった。


アロンダイトはまた、ただの武器名ではなく「素材としての呼称」でもあると先に述べた。レヴィアタンの一部を精製し、特別な工程を経るとアロンダイトの結晶が得られる。その結晶を鍛え、回路(あるいは結晶内部の共鳴構造)を組み込むと、海中で働く特殊な装備が生まれる。剣にも槍にも銃にもなるその特性は、使い手の適正を必要とし、同時に使い手の精神や肉体に負荷を与えることがある。だから、TWCは適性検査と教育課程を重視した。専門学校が設けられ、ここで若者たちは理論と実技を学び、海と武器と仲間と向き合う術を身につけた。


こうして二百年の間に、人は海を再構築した。街はでき、塔は高くなり、制度は根を張った。だがその間も、レヴィアタンは消えなかった。巨大な海藻は海の深みで巨大化し、浅瀬に触手の影を落とす。海賊が現れ、外縁の路を襲い、教団がレヴィアタンを神と崇める光景も生まれた。人の作る秩序と、海の自然(?)が互いに押し合い、引き合い、何度も衝突しながら世界は「今」を保っている。


そして、いま。物語はその「今」から動き出す。僕はその一員だ。


僕の名は──ここでは名を言う必要はない、と自分は思っている。名前より先にやることがあるからだ。専門学校を出て、TWCの訓練課程を経て、今は対レヴィアタンの戦闘部隊に配属されている。僕は十八歳。外縁の街で育った。普通の家の子で、家業は小さな造修業。記録があれば平凡と書かれるだろう。だけど、僕は誰かのために剣を振るうことだけは、昔から決めていた。


専門学校での日々は、夢みたいに濃密だった。基礎理論、海中での戦術、アロンダイトの取り扱いの基礎。実地訓練で指導してくれた先輩たちは厳しくも優しく、僕の未熟な動きを何度も直してくれた。やはり、体で覚えるものは多い。教室で語られた「歴史」は、ここに書かれた言葉よりもっと生々しかった。戦場の映像、戦死者の名簿、そして先代たちの遺した決断の数々。どれもが重たく、そして励みになった。


卒業式の朝、僕は薄い海の光を浴びながら誓った。「誰かを守る」。それは単純な言葉だったが、まだ若い僕には真実だけが詰まっていた。訓練で擦りむいた手のひらを見て、僕はそれでも笑っていた。外縁の人たちの顔が浮かぶ。母の手の温もりが蘇る。僕は剣を持つとき、その誰かたちのために振るうと決めた。


配属されたのは、Cクラスの対応を主に行う小隊だった。最初の任務は外縁への貨物護衛。生活物資や医薬品を運ぶ任務は地味だが重要で、僕はその先陣を切ることになった。正直、不安もあった。けれどそれは心地よい種類の不安だ。胸が音を立てる感触が自信になる。


出撃前、ブリーフィングで指揮官が淡々と任務の要点を読み上げた。レヴィアタンの最近の動向、予想される接触点、撤退ライン、そして何より「俺たちは市民を守る」ということ。アロンダイトの取り扱い方、非常事態の判断基準、仲間の生死をどう受け止めるか──そういうことを教えられた。実地の教本には書かれていない“判断”が、ここで問われる。


海の青は、今日も柔らかい。だがその色は、いつ牙に変わるか分からない。僕は剣を握りしめ、仲間たちの顔を見た。リンネット先輩は、いつものように穏やかだが堅い視線を僕に向ける。彼女の肩越しに見える中央塔は、小さく光った。その塔が僕たちを見守り、時に指示を下す。だが、守るのは塔ではない。人だ。


僕は、海の中を歩き出した。教科書の文字や歴史の断片が、今は足元の水と同じくらい確かなものになる瞬間が来るのを、僕は知らなかった。ただ、剣を――自分の拳を――誰かの盾にするという、熱だけを胸に抱いていた。


海で、息をする。僕の物語は、そこから始まる。

次回、初めてのレヴィアタン討伐です。

潮斗(主人公)の未熟さがはっきり出る回になります。

もし面白かったら感想や評価をいただけると励みになります。:)

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