第16話 模倣のずれ
静かな日が続いていた。
便りは少なく、
報告は簡潔で、
判断を求められることもない。
私はそれを、
理想の状態だと思っている。
午前、アレクシスが少しだけ迷う表情で入室した。
「一件、気になる報せがございます」
差し出された文書は、
新興地域のものだった。
そこには、こう記されている。
『助言者を置かず、完全内部決定に移行』
私は目を細める。
続きの文面を読む。
急激な権限移譲。
責任の一斉分散。
外部との連絡停止。
形式だけが、
私の方針を模している。
内部が育つ前に、
外枠だけを取り払っている。
私は静かに文書を閉じる。
午後、庭に出る。
足音が一つ。
そして、もう一つ。
「模倣ですか」
彼が言う。
「ええ」
私は答える。
「形だけを真似ています」
「危険ですか」
少し考える。
「急ぎすぎています」
内部が育っていないまま、
助言を排除する。
それは自立ではない。
孤立だ。
夕方、書斎に戻る。
机に文書を置く。
行くべきか。
介入すべきか。
以前なら、
迷わなかった。
今は、
少しだけ立ち止まる。
「どうされますか」
夜、彼が静かに問う。
私は窓の外を見る。
「行けば、早く整うでしょう」
「ですが」
「それでは、自分で立てません」
沈黙が落ちる。
模倣は、
必ずずれる。
けれど、
ずれから学ぶこともある。
私は息を吐く。
「文書を送ります」
短い助言。
具体的な指示は書かない。
「急がないこと。
外枠を外す前に、内部を整えること」
それだけ。
翌朝、便りを送る。
返事はすぐには来ない。
庭に出る。
足音が重なる。
私は思う。
私の方法は、
正解ではない。
だから、
模倣もずれる。
それでよい。
ずれを経験して、
内部が育つ。
私は修正しない。
支えない。
ただ、
重心が大きく傾かないよう、
最小限の言葉を置く。
夕方、新興地域から短い返事が届く。
「再検討します」
それ以上はない。
私は封を閉じる。
整わないまま、
動き続ける。
模倣はずれる。
けれど、
完全には崩れない。
私は中心に立たない。
背景にいる。
並びは揺れない。
それが、
今の私の選び方だった。




