第7話 安全だと思えた理由
朝、庭に出ると、
空気が少し冷たかった。
季節が進んでいる。
それだけのことなのに、
私は、その変化を心地よく感じていた。
身を引いてから、
時間の流れを、
ようやく自分のものとして感じられるようになった気がする。
昼前、
屋敷に来客があった。
侯爵家の使いだと聞いて、
私は一瞬だけ、足を止めた。
――エドワード様、ではない。
そのことに、
ほっとした自分がいた。
会わなくていい。
それは、
避けたいという意味ではなく、
会わなくても成り立っている、
という意味だった。
「お嬢様、
書状のみとのことです」
差し出された封筒は、
丁寧に封がされている。
宛名は、私の名。
差出人の名は、なかった。
開くと、
中身は、簡潔な報告だった。
・王城からの打診は、今後すべて断る
・社交の場での不用意な噂は、自然に抑えられている
・公爵家への影響は、出ないよう手配済み
三行。
それだけだった。
前置きも、
気遣いの言葉も、
署名すら、ない。
私は、もう一度、
初めから読み返した。
――王城からの打診。
そんなものが来ていたことを、
私は知らない。
――不用意な噂。
そんなものが立っていたことも、
私は知らない。
けれど、
想像はつく。
捨てられた令嬢。
みじめな娘。
あるいは、
よほどの落ち度があったのだろう、と。
そういう話は、
放っておけば、育つ。
育つ前に、
誰かが摘んでいた。
――公爵家への影響。
考えたことすら、なかった。
私が知らないうちに、
何かが来て、
何かが立ち、
そして、
静かに片づけられていた。
この三行は、
「守りました」という報告ではない。
守る必要があったことを、
あなたは知らなくていい。
そう書かれた紙だった。
感情のこもらない文章。
けれど、
過不足のない配慮。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
もし、この紙に、
一言でも「ご安心ください」と
書かれていたなら。
きっと私は、
少しだけ、身構えた。
書かれていないから、
受け取れる。
たぶん、
それを分かっていて、
書いていない。
分かっていて書かない、
ということが、
いちばん静かな配慮だった。
午後は、
何事もなく過ぎた。
本を読み、
庭を歩き、
紅茶を飲む。
守られている、という実感は、
どこにもない。
何も起きないから。
けれど、
何も起きないことが、
誰かの仕事の結果なのだと、
今日、初めて知った。
夕方、
マリアが封筒を下げに来た。
「お返事は、
いかがなさいますか」
「……いりません」
そう答えてから、
少しだけ迷った。
「あの」
「はい」
「これは、
お礼を言うようなことでしょうか」
マリアは、
少し考えてから、
静かに首を横に振った。
「お礼を申し上げると、
次から、
お報せいただけなくなるかと」
「……どうして?」
「ご負担に、なりますので」
その答えの正確さに、
私は、返す言葉を失った。
マリアは、
軽く頭を下げて、
扉のほうへ向かう。
そして、
思い出したように振り返った。
「明日、
エドワード様がいらっしゃいます」
「……ご用件は?」
「旦那様との、
お打ち合わせと伺っております」
それだけ言って、
扉は閉まった。
私は、
手元に残った三行を、
もう一度だけ見た。
明日、
この紙のことを、
彼は何も言わないだろう。
なぜだか、
そんな気がした。
誤字の報告を複数いただき、ありがとうございます!
読み込んでくださっているからこその指摘、とても嬉しいです。
しっかり修正して、より読みやすい形にしていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします!




