第7話 安全だと思えた理由
朝、庭に出ると、
空気が少し冷たかった。
季節が進んでいる。
それだけのことなのに、
私は、その変化を心地よく感じていた。
身を引いてから、
時間の流れを、
ようやく自分のものとして感じられるようになった気がする。
昼前、
屋敷に来客があった。
侯爵家の使いだと聞いて、
私は一瞬だけ、足を止めた。
――エドワード様、ではない。
そのことに、
ほっとした自分がいた。
「お嬢様、
書状のみとのことです」
差し出された封筒は、
丁寧に封がされている。
中身は、
簡潔な報告だった。
・王城からの打診は、今後すべて断る
・社交の場での不用意な噂は、自然に抑えられている
・公爵家への影響は、出ないよう手配済み
感情のこもらない文章。
けれど、
過不足のない配慮。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
午後、
本を読みながら過ごしていると、
ふと、庭に人の気配を感じた。
窓越しに見ると、
エドワード様が、父と話をしている。
用件は、
すぐに終わったようだった。
彼は、私の部屋のほうを見上げ、
一瞬だけ、視線が合う。
手を振ることも、
声をかけることもなく、
ただ、軽く会釈をした。
それだけ。
近づかない。
けれど、離れもしない。
その距離が、
私には、ちょうどよかった。
夕方、
庭を歩いていると、
偶然、彼と鉢合わせた。
「……こんにちは」
「こんにちは」
挨拶だけで、
十分だった。
「寒くなってきましたね」
「ええ」
それ以上、会話は続かない。
沈黙が、不自然ではない。
それが、
少しだけ、嬉しかった。
「一つだけ、確認させてください」
彼が、穏やかに言った。
「はい」
「もし、
この距離が負担になったら、
教えてください」
負担。
その言葉に、
私は首を横に振った。
「今のところ、
負担ではありません」
正直な答えだった。
「そうですか」
彼は、それ以上、踏み込まない。
「でしたら、
このままでいましょう」
提案でも、
期待でもない。
ただの、合意。
その瞬間、
私は、はっきりと理解した。
この人は、
私から何かを奪わない。
立場も、
感情も、
選択も。
近づくことより、
侵さないことを、
優先する人だ。
だから、
安全だと思えた。
夜、部屋に戻って、
灯りを落とす。
胸の奥に、
小さな安心が残っている。
恋ではない。
まだ、好意とも呼ばない。
けれど、
この距離なら、
壊れない。
「……しばらくは、
このままで」
私は、誰にともなく呟いた。
きっと、
その言葉は、
守られる。
そう思えたから。
誤字の報告を複数いただき、ありがとうございます!
読み込んでくださっているからこその指摘、とても嬉しいです。
しっかり修正して、より読みやすい形にしていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします!




