第60話 今の形
その問いは、
少し遅れてやってきた。
急ぐ必要がなくなった頃、
人はようやく
形を気にし始める。
午後、
外の用件を終えたあと、
廊下で声をかけられた。
「……差し支えなければ」
言葉を選ぶ調子。
「今後の体制について、
何か決まっていることは
ありますか」
仕事の話のようで、
そうではない。
関係の話のようで、
それとも違う。
私は、
立ち止まった。
少しだけ考える。
「特には」
そう答える。
「今の形で、
続いていますので」
相手は、
戸惑ったように
小さく頷いた。
それ以上、
踏み込んではこない。
庭に出る。
風は、
穏やかだった。
私は、
小径を歩きながら思う。
人は、
形が見えないと
不安になる。
だから、
名前をつけたがる。
「何か、
聞かれましたか」
並んで歩く彼が、
静かに尋ねた。
「少しだけ」
私は、
正直に答える。
「今後の形について」
「答えましたか」
「ええ」
「……どう答えたのですか」
私は、
歩みを止めずに言う。
「今の形だと」
彼は、
それを聞いて
何も言わなかった。
夕暮れの庭は、
光が柔らかい。
私は、
そのまま続ける。
「決めていない、
ということではなく」
「すでに、
そうなっている
という意味です」
彼は、
少しだけ息を吐いた。
「それなら」
それだけ。
同意でも、
安心でもない。
受け入れだ。
夜、
部屋に戻る。
机に向かい、
今日の記録を書く。
特別な出来事はない。
それでも、
一行だけ、
書き添える。
今の形。
それだけで、
十分だった。
灯りを落とす前、
私は静かに思う。
未来を
決めていなくても。
名前を
与えていなくても。
人は、
生き方を
形にしている。
私は、
今の形を
選び続けている。
それは、
終わりではない。
更新され続ける、
現在だ。
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