第51話 自然に呼ばれるもの
それは、
誰かが宣言したわけではなかった。
けれど、
確かに変わってきている。
昼前、
私は外の用件で屋敷を出ていた。
戻ると、
使用人がいつもより自然な調子で言った。
「エドワード様は、
すでにお戻りです」
“すでに”という言い方に、
少しだけ引っかかる。
待ち合わせを
していたわけではない。
庭に出ると、
彼はいつもの場所にいた。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
挨拶は、
いつもと変わらない。
けれど、
周囲の空気が
少し違う。
「先ほど」
彼が、
歩きながら言った。
「あなた宛の話を、
私が受けました」
「……私宛、ですか」
「ええ。
あなたが不在だったので」
代理ではない。
ただの取り次ぎ。
それでも、
自然すぎる流れだった。
午後、
簡単な打ち合わせがあった。
参加者の一人が、
何気なく言う。
「お二人がいらっしゃると、
話が早いですね」
主語は、
“お二人”。
訂正するほどの
違和感ではない。
肯定するほどの
意志もない。
私は、
何も言わなかった。
会合が終わり、
廊下を歩く。
私は、
その言葉を反芻していた。
“お二人”。
それは、
誰かが便宜的に
使っただけの言葉だ。
けれど、
定着し始める言葉でもある。
庭に戻る。
風は穏やかで、
景色は変わらない。
「……気になりますか」
彼が、
そう尋ねた。
問い詰める調子ではない。
「いいえ」
私は、
正直に答えた。
「否定するほどでは
ありません」
「でも、
決めてもいません」
彼は、
短く頷いた。
「承知しています」
理解ではなく、
受容だ。
夕方、
部屋に戻る。
私は、
今日一日のことを
思い返していた。
呼ばれ方が変わる。
扱われ方が変わる。
それは、
私たちが変わったからではない。
世界のほうが、
分かりやすい形を
求め始めただけだ。
夜、
灯りを落とす前。
私は、
静かに思う。
呼び名は、
与えられるものだ。
でも、
それに応じるかどうかは
自分で選べる。
今は、
まだ選ばない。
それだけの余裕が、
私にはある。
最終部は、
こうして始まった。
形は、
すぐそこにある。
けれど、
手を伸ばすかどうかは、
まだ決めていない。
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