第47話 待てる人
その名前を、
私は自分から口にすることが少ない。
だから、
他人の口から聞くと、
少しだけ距離を感じる。
昼前、
私は小さな打ち合わせに同席していた。
外の取り組みに関する、
簡単な確認。
参加者の一人が、
何気ない調子で言った。
「……エドワード卿は、
本当に動かれませんね」
不満ではない。
感心とも、少し違う。
ただの事実確認のような声だった。
私は、
その言葉にすぐ反応しなかった。
動かない、という評価は、
多義的だ。
「何もしない」とも取れるし、
「手を出さない」とも取れる。
「普通なら」
別の一人が続けた。
「これだけ状況が整えば、
前に出たくなるものですが」
「……あの方は、
いつも一歩引いています」
私は、
その言い方に、
小さく頷いた。
引いている。
確かに、そうだ。
「ですが」
その人は、
言葉を探すように続ける。
「止めているわけでも、
反対しているわけでも
ないのですよね」
「必要なときは、
ちゃんと場にいますし」
評価は、
慎重だった。
持ち上げる気配はない。
けれど、
否定もない。
私は、
静かに言った。
「待つことを、
選んでいるのだと思います」
部屋が、
一瞬だけ静かになる。
「待つ……ですか」
「はい」
それ以上、
説明しなかった。
打ち合わせが終わり、
私は廊下を歩いた。
先ほどの言葉が、
胸の奥で反響している。
待つ。
それは、
何もしないこととは違う。
庭に出ると、
風が穏やかだった。
私は、
歩きながら思い返す。
彼は、
何度も待っていた。
私が決めないとき。
外に出るとき。
いない時間が増えたとき。
促さず、
引き止めず、
問い詰めない。
「……簡単なことでは
ありませんね」
独り言は、
自分への確認だった。
待つというのは、
相手の選択を信じることだ。
そして、
自分が選ばれない可能性も
受け入れることだ。
夕方、
庭で彼とすれ違った。
「お疲れさまです」
「ええ」
短い挨拶。
先ほどの話を、
私は伝えなかった。
伝える必要を、
感じなかったからだ。
夜、
部屋に戻る。
私は、
今日一日を思い返していた。
彼は、
何かを勝ち取ろうとして
待っているのではない。
選ばれなくても、
相手の人生が
揺らがないように。
そのために、
待っている。
灯りを落とす前、
私は静かに思う。
待てる人は、
強い。
声を上げない強さを、
私は、
毎日隣で見ている。
それを、
外の人も
少しずつ理解し始めている。
それだけで、
今日は十分だった。
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