第45話 更新される選択
その日は、
特別な出来事があったわけではなかった。
誰かが去ったわけでも、
何かを失ったわけでもない。
ただ、
一つの感覚が、
静かに定まった。
朝、
机に向かいながら、
私は書類に目を通していた。
外の仕事は、
少しずつ形になっている。
制度と呼ぶほどではない。
けれど、
人の手を離れずに
続いていく流れができ始めていた。
私は、
そこに名前をつけようとはしない。
名前をつけた瞬間に、
固定されてしまう気がしたからだ。
午後、
庭に出る。
いつもの小径。
いつもの空気。
けれど、
心の中は少し違う。
私は、
過去の自分を思い出していた。
婚約を破棄した日のこと。
選択肢が一つしか
見えなかったあの時。
あれは、
選び直しではなかった。
逃げることで、
自分を守ったのだ。
「……今は」
私は、
小さく呟く。
今の私は、
違う。
「こんにちは」
声がして、
振り返る。
エドワード様だった。
「こんにちは」
距離は、
いつもと同じ。
けれど、
並んで歩き出したとき、
私ははっきりと感じた。
この関係は、
止まっていない。
「……少し、
考えていたのですが」
私は、
歩きながら言った。
「以前の私は、
一度選んだことを
変えてはいけないと
思っていました」
彼は、
黙って聞いている。
「でも、
今は」
言葉を探しながら続ける。
「選択は、
更新していいのだと
思えます」
「状況が変われば、
気持ちが変われば」
「……その都度、
見直していい」
それは、
逃げではない。
責任を、
引き受けたままの更新だ。
彼は、
しばらく考えてから言った。
「とても健全な考え方だと
思います」
評価ではない。
同意だった。
「選択を、
固定しないということは」
「その選択を、
大切にしているという
意味でもありますから」
その言葉に、
胸の奥が、静かに熱くなる。
私は、
はっきりと分かった。
私は、
この関係を選んでいる。
けれど、
縛られてはいない。
もし、
選び直す日が来ても。
それは、
失敗ではない。
「……あの時」
私は、
過去に触れる。
「婚約を破棄したときは」
「選択肢が、
一つしか
見えませんでした」
彼は、
何も言わない。
過去を否定しない沈黙。
「今は」
私は、
顔を上げる。
「複数の道が
並んで見えています」
「だから、
今ここにいることも」
「……怖くありません」
その言葉は、
自分自身への宣言だった。
夕方、
部屋に戻る。
私は、
今日一日を振り返っていた。
何かを決めたわけではない。
未来を約束したわけでもない。
ただ、
確信した。
私は、
選び直せる。
それだけで、
十分だった。
夜、
灯りを落とす前。
私は、
静かに思う。
過去の私は、
選択に縛られていた。
今の私は、
選択を更新できる。
それは、
自由であるということだ。
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