第42話 戻る場所、選ぶ場所
朝の庭は、
静かだった。
風は弱く、
葉の影がゆっくり揺れている。
私は、小径を歩きながら、
ここ数日のことを思い返していた。
不在のあいだに、
物事は進んだ。
私がいなくても。
私を中心にしなくても。
その事実は、
少しだけ胸に残っている。
けれど、
痛みではない。
「おはようございます」
声がして、
振り返る。
エドワード様だった。
「おはようございます」
距離は、
変わらない。
並んで歩き出すと、
自然に歩調が合う。
「戻られてから、
少し表情が変わりましたね」
彼が、
静かに言った。
指摘というより、
気づきだった。
「……外でのことが」
私は、
正直に答えた。
「私がいなくても、
進んでいました」
「ええ」
彼は、
それを否定しない。
「それは、
あなたが築いた
流れです」
功績としてではなく、
結果として。
「……少しだけ」
私は、
言葉を選ぶ。
「ここが、
“戻る場所”になったと
感じました」
彼は、
立ち止まった。
私も、
足を止める。
「それは」
彼は、
落ち着いた声で言った。
「離れられる場所に
なった、ということです」
私は、
その言葉を反芻する。
離れられる。
戻れる。
どちらも、
同時に成り立つ。
「以前は」
私は、
小さく息を吸った。
「ここにいることで
安心していました」
「今は」
少し間を置く。
「ここを、
選んで戻っている
感覚があります」
それは、
大きな違いだった。
彼は、
静かに頷いた。
「選ばれる場所であることは、
とても健全です」
「縛る必要が
ありませんから」
その言葉に、
胸の奥が静かに落ち着く。
再び歩き出す。
庭の端まで来て、
自然に足を止める。
「……外での取り組みは」
彼が、
そう切り出した。
私は、
首を横に振る。
「詳しくは、
話しません」
彼は、
微笑みもしない。
「承知しました」
それだけ。
聞かない選択を、
彼もしている。
夕方、
部屋に戻る。
私は、
今日の会話を
何度も思い返していた。
戻る場所がある。
選ぶ場所もある。
どちらかを
失わなければならない
わけではない。
「……並んでいますね」
口に出すと、
少しだけ、本当になる。
私は、
ここに縛られていない。
だからこそ、
ここに戻れる。
――詳しくは、話しません。
昼間、
私は、彼にそう言った。
彼は、
聞かなかった。
それでいい、
と思っていた。
けれど、
その夜、
私は、話さなかったことを、
初めて、一つずつ、
数えてみた。
視察で見た町のこと。
書きかけの報告書のこと。
私がいなくても進んだ、という、
あの感覚のこと。
――思ったより、
多かった。
ここまで、ありがとうございます。
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