第40話 反対ではなく、迷い
その声は、
控えめだった。
「……本当に、
始めてしまって
大丈夫でしょうか」
打ち合わせの終盤、
現地から来ていた一人が、
そう口にした。
反対ではない。
否定でもない。
ただの、迷い。
私は、
すぐには答えなかった。
書類を閉じ、
相手を見る。
不安を向けられている、
というよりも、
一緒に考えてほしい、
という目だった。
「不安な点は、
どこですか」
問い返すと、
その人は少し驚いたように、
それから、正直に話し始めた。
「これまで、
何度か似た話があって」
「最初は良くても、
途中で立ち消えになったり」
「……残ったのは、
期待だけだったことも
ありました」
私は、
その言葉を遮らなかった。
途中で、
励ましもしない。
「ですから」
その人は、
少しだけ言葉を探してから続けた。
「反対ではないのです」
「ただ……
また同じことに
ならないかと」
私は、
小さく頷いた。
それは、
とても現実的な迷いだった。
「その不安は、
正しいと思います」
私がそう言うと、
場の空気が、
少しだけ緩んだ。
説得が始まると
思われていたのかもしれない。
「だから」
私は、
続けた。
「無理に始める必要は
ありません」
誰かが、
息を呑む気配がした。
「……ですが」
私は、
言葉を選ぶ。
「始めない、
という選択も」
「きちんと、
選択だと思っています」
「今、
迷っている状態のまま
進めることも」
「進めないことも、
どちらも」
責任の所在を、
曖昧にしない。
「ですから」
私は、
一人ひとりを見渡した。
「今日、
結論は出しません」
「決めるのは、
皆さん自身です」
誰かに押しつけない。
私が決める場面ではない。
部屋は、
静かだった。
誰も、
急がされていない。
それだけで、
迷いは少し軽くなる。
会合が終わり、
私は廊下を歩いた。
先ほどの言葉が、
胸の中で反芻される。
同じことにならないか。
期待だけが残らないか。
その問いは、
重い。
けれど、
答えは一つではない。
庭に出ると、
風が吹いていた。
私は、
歩きながら思う。
私は、
誰かを安心させるために
ここにいるわけではない。
けれど、
不安を無視しないために
ここにいる。
夜、
部屋で記録を取る。
今日出た迷いを、
そのまま書き留める。
解決策は、
書かない。
迷いがある、
という事実だけを残す。
灯りを落とす前、
私は静かに思う。
反対されなかったからといって、
進んでいいわけではない。
迷いがあるからといって、
止まる必要もない。
大切なのは、
迷いを置き去りにしないこと。
「……それで、いい」
そう呟いて、
目を閉じた。
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