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婚約は破棄されましたが、私は静かに身を引いただけです  作者: リリア・ノワール


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第4話 守られているという自覚

翌朝、

私はいつもより少し遅く目を覚ました。


眠りが深かったわけではない。

ただ、起きる理由が、急を要するものではなかった。


婚約者だった頃は、

朝の予定が、私を起こしていた。


今は違う。


目を覚ましたから、起きる。

それだけだ。


窓を開けると、

昨日整えられた庭の小径が目に入る。


足元を気にせず歩ける道。

それが、こんなにも安心感をもたらすものだとは、

正直、思っていなかった。


朝食の席で、

母が何気ない口調で言った。


「今日、街へ行くのよね?」


「ええ。少しだけ」


買い足したい本があった。

それ以上の用事はない。


「馬車は二台、用意してあるわ」


「……二台も?」


思わず聞き返すと、

母は紅茶を口にしながら、さらりと言った。


「念のためよ」


念のため。


それは、

危険を想定しているというより、

「気遣い」の延長に近い響きだった。


「一台で大丈夫です」


そう言うと、

母は反論しなかった。


「分かったわ。

 でも、護衛はつけるわね」


それも、決定事項のように。


私は、小さく頷いた。


断る理由が、見つからなかった。


街は、いつも通り賑わっていた。


視線を感じる場面も、確かにある。

けれど、それは好奇の色よりも、

遠慮に近いものだった。


誰も、近づいてこない。

誰も、声をかけてこない。


代わりに、

通り道が、自然と空く。


「……歩きやすいですね」


隣を歩く護衛に、

独り言のように言うと、

彼は少し困ったように微笑んだ。


「そうなるように、言われておりますので」


「誰に?」


「それは……」


言葉を濁されて、

私は、それ以上聞かなかった。


最近、

こういう「答えない優しさ」に

慣れてきている自分がいる。


本屋での時間は、静かだった。


欲しかった本を選び、

会計を済ませる。


それだけのことなのに、

店主は、何度も「ゆっくりで大丈夫です」と声をかけてきた。


急かされない。

評価されない。

期待も、押しつけられない。


それが、

こんなにも心を軽くするとは。


店を出たとき、

ふと、視線を感じた。


道の向こう。

人混みの中に、

見覚えのある横顔があった。


王太子殿下。


こちらに気づいた様子はない。

あるいは、気づいていても、

声をかけない選択をしたのかもしれない。


私の足は、止まらなかった。


近づかない。

振り返らない。


距離は、保たれたまま。


そして、

殿下の周囲には、

以前よりも人が多いように見えた。


――あちらは、あちらの世界。


そう思えたことに、

私は、少しだけ安堵した。


屋敷に戻ると、

マリアが静かに言った。


「今日は、少しお疲れのように見えます」


「そうでしょうか」


「ええ。ですから、

 夕食まで、ゆっくりなさってください」


それは、提案というより、

「当然の配慮」だった。


私は、自室に戻り、

椅子に腰を下ろす。


何もしない時間。


ふと、思う。


私は今、

何かを勝ち取っているわけではない。


誰かを打ち負かしたわけでも、

評価を取り戻したわけでもない。


それなのに――

私は、守られている。


声を上げなくても。

望みを示さなくても。


ただ、

身を引いた結果として。


「……そういうこと、なのでしょうか」


独り言は、答えを求めていない。


けれど、

胸の奥で、静かに理解していた。


私はもう、

戦う場所にいない。


だからこそ、

周囲は、

私を守る側に回っているのだと。


夜、灯りを落とす前に、

ふと、庭のほうを見る。


整えられた小径。

静かな白百合。


誰かの好意は、

声高に語られなくても、

確かに、そこにある。


それを拒まなくてもいいのだと、

ようやく思えた。


私は、静かに目を閉じた。


この安心の中で、

しばらくは、

立ち止まっていてもいい。


そんなふうに、

初めて思えた夜だった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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