第38話 いない時間
その日から、
私が屋敷にいない時間は、
少しずつ増えていった。
一日中ではない。
数時間、あるいは半日。
けれど、
それが繰り返されることで、
「いつもいる」という前提が
静かに消えていく。
午前中は、
外での打ち合わせ。
現地と王都をつなぐ
小さな会合だった。
私は、
進行役というほどでもなく、
ただ、話を整理する立場にいる。
「では、
次はこの形で」
決断は、
必要最低限。
無理にまとめない。
それが、
今の私のやり方だった。
屋敷に戻ったのは、
夕方近く。
庭に出ると、
いつもより静かだった。
人が少ないわけではない。
私が、
その時間帯に
ここにいることが
減っただけだ。
「……変わるのは、
場所ではありませんね」
独り言は、
誰にも届かない。
部屋に戻る途中、
使用人に声をかけられる。
「エドワード様は、
本日はお戻りが
遅くなるそうです」
「そうですか」
それだけで、
心は揺れなかった。
以前なら、
少しだけ気にしたかもしれない。
今は、
互いに「別の時間」を
持っていることが
自然だ。
夜、
書斎で簡単な整理をする。
昼間の話をまとめ、
明日の準備を整える。
時計を見ると、
思っていたより
時間が過ぎていた。
「……集中していましたね」
その事実に、
少しだけ驚く。
灯りを落とす前、
私は窓を開けた。
夜風が、
静かに入ってくる。
今日、
エドワード様とは
顔を合わせていない。
連絡も、
取っていない。
それでも、
不安はない。
「……いない時間が」
私は、
小さく呟いた。
「もう、
特別ではありません」
それは、
冷たさではない。
信頼が、
日常に溶け込んだ結果だ。
翌朝、
庭で彼と会った。
「おはようございます」
「おはようございます」
それだけ。
昨日会わなかったことを、
どちらも話題にしない。
必要がない。
並んで歩きながら、
私は思う。
一緒にいる時間だけが、
関係ではない。
いない時間を、
安心して過ごせることも、
同じくらい大切だ。
夜、
部屋に戻る。
私は、
今日一日を振り返っていた。
いない時間が、
増えている。
けれど、
関係は薄れていない。
むしろ――
余白ができた分、
それぞれが
息をしている。
「……これで、
いいのですね」
静かにそう思い、
灯りを落とした。
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