第33話 私の言葉で
翌朝、
町はまだ静かだった。
通りを歩く人もまばらで、
店の準備の音だけが聞こえる。
私は、
前日よりも少し早く宿を出た。
もう一度、
あの施設を見ておきたかった。
「おはようございます」
声をかけると、
昨日会った女性が驚いたように顔を上げた。
「まあ……
こんな朝早くに」
「少しだけ、
確認したいことがあって」
理由は、
それで十分だった。
施設の中を、
ゆっくり見て回る。
子どもたちの使う机。
壁に貼られた古い紙。
補修された床。
どれも、
足りない。
けれど、
雑ではない。
「……ここは」
私は、
自然と口を開いていた。
「人が集まる場所として、
十分に機能しています」
女性は、
少し戸惑ったようだった。
「でも、
設備も古くて……」
「ええ」
私は、頷く。
「けれど、
ここを“別の形”に変える必要は
ないと思います」
彼女は、
私の言葉を待っている。
私は、
深呼吸を一つして続けた。
「新しく建て直すよりも」
「今あるものを、
少し補うだけで」
「ここは、
もっと使いやすくなるはずです」
助言というより、
提案。
押しつけないよう、
言葉を選ぶ。
「例えば」
私は、
指先で机を軽く示した。
「子どもたちが
自分で片づけられるような棚」
「それから、
外でも使える簡単な道具」
「大きな予算は、
必要ありません」
女性は、
黙って聞いていた。
やがて、
ゆっくりと頷く。
「……そうですね」
声は、
少し明るくなっている。
「私が申し上げたいのは」
私は、
最後にそう付け加えた。
「ここを、
“足りない場所”として
見る必要はない、ということです」
「すでに、
大切に使われている場所ですから」
その言葉は、
相手に向けたものだったが、
同時に、
自分にも向いていた。
昼過ぎ、
簡単な報告をまとめる。
正式な書類ではない。
提案の下書き。
事実と、
私の見解。
余計な修飾は、入れない。
私は、
この形でいいと思った。
夕方、
町を離れる準備をする。
荷物は、
行きよりも軽い。
増えたのは、
物ではなく、
感触だった。
私は、
ここで何かを決めたわけではない。
ただ、
自分の言葉で、
考えを置いてきただけ。
夜、
宿の部屋で、
窓を閉める。
私は、
静かに思った。
私は、
誰かの代わりに話したのではない。
誰かの期待に応えたわけでもない。
私自身の視点で、
私自身の言葉を使った。
それだけのことが、
こんなにも、
確かな感触を残すとは思わなかった。
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