第32話 知らない場所で
馬車を降りたとき、
空気の匂いが違うと感じた。
湿り気を含んだ土の匂い。
遠くで焚かれる薪の煙。
王都とは違う。
けれど、
どこか懐かしい。
「こちらになります」
案内役の男性が、
控えめに声をかける。
私は頷き、
歩き出した。
視察先は、
小さな町だった。
規模は大きくない。
人の顔が、すぐに覚えられる距離。
生活は、
豊かとは言えない。
けれど、
丁寧だった。
「最近、
子どもたちの集まる場所が
減ってしまいまして」
町の女性が、
遠慮がちに話す。
私は、
黙って聞いた。
助言は、しない。
判断も、急がない。
ただ、
現状を受け取る。
案内された施設は、
古く、簡素だった。
けれど、
掃除は行き届いている。
「……大切に、
使われていますね」
私がそう言うと、
女性は驚いたように顔を上げた。
「はい。
できることは、少なくても」
その言葉に、
私は小さく頷いた。
午後、
簡単な食事をとる。
味付けは素朴で、
豪華ではない。
それでも、
温かい。
私は、
ゆっくりと咀嚼しながら考える。
ここには、
誰かの期待はない。
婚約者としてでも、
誰かの“隣”としてでもない。
ただ、
話を聞く人として、
私はここにいる。
夕方、
宿に戻る。
部屋は簡素だが、
清潔だった。
椅子に腰を下ろし、
私は今日一日を思い返す。
不安がなかったわけではない。
けれど、
圧し潰されるほどでもない。
「……できていますね」
独り言は、
自分への確認だった。
夜、
灯りの下で、
簡単な記録を取る。
何が足りないか。
何が機能しているか。
何が、ここでは大切にされているか。
誰かに見せるためではない。
自分が、理解するための言葉。
ふと、
エドワード様の顔が浮かぶ。
報告は、
帰ってからでいい。
今は、
ここに集中している。
その事実が、
少しだけ誇らしかった。
窓を開けると、
夜風が入ってくる。
星は、
王都よりも近い。
私は、
静かに思う。
私は、
一人で立っている。
けれど、
一人に戻ったわけではない。
ここで得たものは、
きっと、
あの庭にも持ち帰れる。
そう信じて、
灯りを落とした。
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