第30話 それでも続く日常
翌朝、
目を覚ましたとき、
胸の奥は静かだった。
昨日の会話が、
余韻として残っている。
けれど、
重さはない。
考え続ける必要も、
答えを探す必要もない。
ただ、
今日が始まる。
身支度を整え、
庭に出る。
朝の空気は澄んでいて、
少し冷たい。
小径を歩く足取りも、
特別ではない。
それが、
今は心地よかった。
「おはようございます」
聞き慣れた声。
振り返ると、
エドワード様が立っていた。
「おはようございます」
昨日と同じ距離。
昨日と同じ調子。
何かが変わったような気もするし、
何も変わっていない気もする。
その曖昧さが、
今の私たちにはちょうどいい。
「今日は、
特にご予定は?」
「ええ。
ありません」
「それなら」
彼は、
少しだけ間を置いた。
「庭を、
一周だけ」
誘いというより、
提案。
「……はい」
私は、
そう答えた。
並んで歩く。
話題は、
とりとめもない。
天気のこと。
最近咲いた花のこと。
本当に、どうでもいいこと。
それでも、
沈黙は不安にならない。
昨日、
言葉にしなかった不安は、
今日も、そこにある。
けれど、
暴れない。
歩きながら、
私はふと思った。
私たちは、
前に進んでいるのだろうか。
答えは、
分からない。
けれど、
後ろに戻ってもいない。
「……それで、
いいのかもしれませんね」
独り言は、
風に溶けた。
庭を一周し、
自然に足を止める。
「今日は、
静かですね」
私が言うと、
彼は頷いた。
「ええ」
「でも」
私は、
少しだけ考えてから続けた。
「このくらいが、
ちょうどいいです」
彼は、
一瞬だけ目を細めた。
「私も、
そう思います」
それだけ。
昼前、
それぞれの用事に戻る。
別れ際も、
特別な言葉はない。
「では」
「ええ」
それで、十分だった。
午後、
書庫で本を読みながら、
私は今日を振り返っていた。
昨日、
大切なことがあった。
けれど、
今日が特別になったわけではない。
むしろ――
何も起きなかった。
それが、
とても大きなことに思えた。
夜、
灯りを落とす前。
私は、
静かに思う。
続いている、ということは。
何かを積み上げることではなく、
壊さずに、同じ場所に立ち続けることなのかもしれない。
私は、
まだ決めていない。
けれど、
ここにいる。
それが、
今の私の答えだった。
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