第25話 それでも、隣にいる
翌朝、
庭に出ると、空気が澄んでいた。
昨夜の選択が、
何かを変えた実感はない。
けれど、
心の奥が、
少しだけ軽い。
「決めない」と決めたことで、
ようやく、足元が定まったような感覚だった。
午前中は、
書庫で過ごした。
選んだのは、
内容の薄い随筆集。
考えを深めるためではなく、
ただ、頁をめくるための本。
こういう時間を、
私は前よりも大切にしている。
何かを決めるための準備ではなく、
決めないままでいるための時間。
昼過ぎ、
庭で足音がした。
振り返らなくても、
誰か分かる。
「こんにちは」
「こんにちは」
エドワード様だった。
昨日と同じ距離。
同じ声の調子。
何も、変わっていない。
それが、
少しだけ不思議で、
とても安心だった。
「今日は、
庭を歩かれますか」
彼がそう言った。
誘いではない。
確認に近い。
「ええ。
少しだけ」
私が答えると、
彼は頷いた。
それだけ。
並んで歩く。
歩調は、
自然に揃う。
昨日、
婚約の話が出たことを、
どちらも口にしない。
話題は、
庭の草花のこと。
最近の天気。
本当に、どうでもいいこと。
けれど、
その「どうでもよさ」が、
今は心地いい。
「……変わりませんね」
私が、ぽつりと言った。
彼は、
すぐに理解したようだった。
「ええ」
「それが、
ご不安でしたか」
問いではない。
確認でもない。
ただ、
寄り添うような言葉。
「少しだけ」
正直に答える。
「でも、
変わらないと分かって、
安心しました」
彼は、
わずかに目を細めた。
「私もです」
それだけ。
庭の端まで来て、
自然に立ち止まる。
風が、
静かに葉を揺らしている。
「……選ばないことを選んで、
よかったと思います」
私がそう言うと、
彼は否定しなかった。
「あなたが、
落ち着いていらっしゃる」
それが、
答えだった。
「もし」
彼が、
一瞬だけ言葉を探す。
「もし、
考えが変わる日が来ても」
続きは、
言わなかった。
けれど、
私は分かった。
「そのときは、
そのときですね」
そう答えると、
彼は小さく頷いた。
「ええ」
急がない。
追い立てない。
それが、
この関係の呼吸なのだ。
夕方、
部屋に戻る。
私は、
今日一日を思い返していた。
婚約の話が出た。
決めないと伝えた。
それでも、
隣に立つ位置は変わらない。
私は、
それを「猶予」ではなく、
「選択の継続」だと感じていた。
「……今は、これでいい」
小さく呟いて、
灯りを落とす。
選ばなくても、
並んでいられる。
その事実が、
何よりも、心を落ち着かせてくれた。
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