第22話 期待という重さ
屋敷に戻ってから、
数日が静かに過ぎた。
特別な出来事はない。
外出も控えめで、
庭と書庫を行き来するいつも通りの生活。
けれど、
人の言葉だけが、
少しずつ増えていった。
「最近は、
とても落ち着いて見えますね」
そう声をかけてきたのは、
親族筋の伯母だった。
笑顔は柔らかく、
心配の色はない。
「ありがとうございます」
私はそう返した。
それで会話は終わるはずだった。
「やはり、
良い方と一緒にいらっしゃるからかしら」
言葉は、
さりげない。
断定でも、詮索でもない。
ただの感想のようでいて、
前提が含まれている。
私は、
一拍だけ置いた。
「……そう見えるなら」
それ以上は言わない。
伯母は、満足そうに頷いた。
「ええ。
このまま、穏やかに進めばいいわね」
進めば。
その言葉が、
胸の奥に小さく引っかかった。
別の日には、
母の知人が屋敷を訪れた。
お茶の席で、
話題は自然と私に向く。
「最近は、
お二人でいらっしゃることが多いとか」
「ええ」
否定しない。
肯定もしない。
「周りも、
安心して見ていられます」
安心。
それは、
善意の言葉だ。
私は、
その善意を疑わない。
疑えないからこそ、
少しだけ、重かった。
部屋に戻り、
一人になる。
私は、
椅子に腰を下ろして、
静かに考えた。
誰も、
私を急かしてはいない。
誰も、
決断を迫ってはいない。
それなのに――
「流れ」ができつつある。
流れに逆らう理由はない。
流れに乗ることも、
間違いではない。
けれど、
流れに任せることと、
自分で選ぶことは、
同じではない。
「……期待、ですか」
独り言は、
ため息に近かった。
夕方、
庭でエドワード様と会った。
「今日は、
少し疲れていらっしゃるように見えます」
彼は、
そう言っただけだった。
理由を問わない。
推測もしない。
私は、
その距離感に助けられて、
正直に答えた。
「……周囲が、
少しだけ」
「はい」
続きを、
静かに待つ。
「期待してくださっているのは、
分かるのですが」
言葉を探しながら、
私は続けた。
「それが、
少しだけ、重く感じます」
言ってしまえば、
楽になる。
けれど、
同時に、弱さを見せることでもある。
彼は、
すぐに答えなかった。
その沈黙が、
考えている証だと分かる。
「期待は」
彼は、
ゆっくりと言った。
「応えなくても、
失礼にはなりません」
「……そうでしょうか」
「ええ」
即答だった。
「あなたが、
自分の速度を守ることは、
誰かを否定することではありません」
その言葉を聞いて、
胸の奥が少しだけ緩む。
「……ありがとうございます」
「謝意は、不要です」
いつもの言葉。
けれど、
今日は、いつもより深く染みた。
夜、
灯りを落とす前。
私は、
今日一日を思い返していた。
善意は、
ありがたい。
けれど、
善意でできた期待も、
積み重なれば、形になる。
私はまだ、
その形の中に
自分を収めたくない。
「……もう少しだけ」
自分に言い聞かせる。
「もう少しだけ、
今のままで」
それは、
誰かを待たせる言葉ではない。
私自身が、
自分に許した時間だった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




