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婚約は破棄されましたが、私は静かに身を引いただけです  作者: リリア・ノワール


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2/13

第2話 距離を取ったはずなのに

実家に戻ってから、数日が過ぎた。


婚約破棄の件は、思ったより早く広まっていたらしい。

けれど、噂というより、

「知っている人が、知っている」

そんな静かな伝わり方だった。


公爵家の屋敷は、変わらず穏やかだ。

使用人たちは、私に対していつも通りに接してくれる。

ただ、ほんの少しだけ、

視線に含まれるものが変わった気がした。


心配、というより――配慮。


私は、それをありがたく思いつつも、

必要以上に受け取らないようにしていた。


距離を取ると決めたのは、私自身だ。

誰かに支えられなければ立てないほど、

弱っているわけではない。


そう、自分に言い聞かせながら、

いつもより長く庭を歩いた。


白百合の庭は、相変わらず静かだった。


風に揺れる花を眺めながら、

私は無意識に歩調を緩めていた。


婚約がなくなったからといって、

日常が大きく変わるわけではない。

それは、少し意外だった。


予定が消え、

呼ばれる場所が減り、

それだけ、自由になった。


不安よりも、

空白のほうが大きい。


「……落ち着かない、というわけでもないですね」


独り言のように呟いて、

自分でも少し驚いた。


もっと、心が揺れると思っていた。

けれど実際は、

静かな湖面のように、感情は凪いでいる。


――このまま、静かに過ごせばいい。


そう思った、そのときだった。


「こちらにいらしたのですね」


背後から、穏やかな声がした。


振り返ると、

そこに立っていたのは、見慣れた顔だった。


公爵家の客人として時折訪れる、

侯爵家の次男――エドワード様。


王城でも何度か顔を合わせたことはあるけれど、

深く話した記憶はない。


「突然、失礼しました」


そう言って、軽く頭を下げる。


距離の取り方が、ちょうどいい人だ。

近すぎず、遠すぎない。


私は小さく礼を返した。


「いえ。どうぞ」


沈黙が落ちる。

けれど、居心地の悪さはなかった。


「……お変わりありませんか」


そう聞かれて、

少しだけ、間を置いた。


心配されることに慣れていないわけではない。

けれど、同情されるのは、少し違う。


「ええ。静かに過ごしています」


それだけ答えると、

エドワード様は、わずかに目を細めた。


「それは、よかった」


それ以上、何も聞かない。


その態度が、ありがたかった。


数日後、

街へ出る用事ができた。


婚約者として使っていた品々を、

いくつか整理するためだ。


王城関連の装飾品や、

贈られたまま使っていない小物。


見返すと、

思い出よりも、

「よく整えられた一式」という印象が強い。


感情が伴っていないものは、

手放すのも簡単だった。


店に入ると、

店主が一瞬、私を見て目を瞬かせた。


「……失礼。すぐに奥をご用意します」


断る前に、

いつもより丁寧な対応が始まる。


「普通で大丈夫です」


そう伝えると、

店主は少し困ったように笑った。


「ですが……」


その続きを、

私は聞かなかった。


距離を取るとは、

こういう小さな場面で、

自分を守ることでもある。


屋敷に戻ると、

母が珍しく私を呼び止めた。


「お茶にしない?」


その声が、いつもより柔らかい。


私は頷き、席についた。


「無理はしていない?」


それは、責めでも確認でもなく、

ただの問いかけだった。


「していません」


即答すると、

母は安心したように微笑んだ。


「そう。それならいいの」


それだけ。


何も背負わせない、その言葉に、

胸の奥が、少しだけ温かくなる。


夜、部屋に戻り、

灯りを落とす。


静かな時間。


私は、改めて思う。


距離を取ったはずなのに、

なぜか周囲が近い。


押しつけがましくなく、

でも、放っておかれない。


それは、

居心地が悪いほどではなく、

むしろ、静かな安心に近い。


――不思議ですね。


私は何もしていない。

何も望んでいない。


それなのに、

世界のほうが、

少しだけ歩み寄ってくる。


そのことに、

まだ名前はつけないまま、

私は眠りについた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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