第16話 救われた側の言葉
その報告は、夜明け前に届いた。
短い。
簡潔で、
感情がない。
「北方旧災害地域、再建完了」
「死亡者数、想定比三割減」
私は書簡を閉じる。
数字は、事実だ。
そして、
その背後には、
選ばれたものと、
選ばれなかったものがある。
朝、庭に出る。
空気は冷たい。
椅子は円形。
中心は空席。
変わらない。
それでも、
そこに流れるものは、
昨日より重い。
イリアが来る。
今日は、少しだけ遅い。
彼女は言葉を選ばずに言う。
「レオンの資料です」
差し出された紙には、
一つの事例が記されていた。
十年前。
北方の疫病。
急速に広がり、
制御不能に近かった。
そのとき、
彼は選んだ。
区域の切り捨て。
資源の集中。
移動の制限。
一部を守るために、
一部を諦めた。
結果、
全体の被害は最小化された。
私は静かに読み終える。
イリアは言う。
「彼の方法で、救われた人がいます」
私は頷く。
「はい」
「そして」
彼女は続ける。
「彼の方法で、救えなかった人もいます」
それもまた事実だ。
だが、
「彼は選びました」
イリアの声は静かだ。
「あなたは、選ばなかった」
私はすぐには答えない。
庭の中心を見る。
空席。
選ばなかった。
それは、
責任を持たなかったことか。
それとも、
別の形で持っていたのか。
昼、来訪者があった。
予定にはなかった。
門を通る足音は、
少し重い。
迷いがある。
庭に案内されてきたのは、
一人の女性だった。
年齢は三十代半ば。
表情は静かだが、
どこか張り詰めている。
「突然の訪問、失礼いたします」
彼女は丁寧に頭を下げる。
「北方から参りました」
イリアがわずかに息を呑む。
私は座るように促す。
彼女は円の縁に座る。
中心は空いたまま。
「私は」
彼女は言う。
「レオン様の決定で、家族を失いました」
空気が止まる。
だが、
彼女の声は震えていない。
「ですが」
一度、目を閉じる。
「その決定で、私は生きています」
矛盾しているようで、
矛盾していない。
「もし、全体を守ろうとしていたら」
彼女は続ける。
「もっと多くの人が亡くなっていたと聞きました」
事実だ。
合理は、
そう計算する。
「私は」
彼女はゆっくりと顔を上げる。
「どちらが正しかったのか、分かりません」
問いではない。
告白だ。
「ただ」
わずかに間を置く。
「選んでくれたことは、確かです」
その言葉は、
軽くない。
レオンの選択。
誰かを救い、
誰かを切り捨てた選択。
私は何も言えない。
言葉がない。
イリアも、
黙っている。
カミルもいない。
ただ、
その場に、
事実だけがある。
女性は深く頭を下げる。
「お時間をいただき、ありがとうございました」
それだけ言って、
立ち上がる。
止めない。
送りもしない。
彼女はそのまま去る。
足音は、
来たときよりも軽い。
夕方、庭に残る。
沈黙が長い。
イリアが言う。
「彼は、選びました」
私は頷く。
「はい」
「あなたは」
彼女は続ける。
「何を守っていますか」
問いが変わる。
責任ではない。
守るもの。
私は中心を見る。
空席。
そこには、
何もない。
だからこそ、
何も決めない。
だが、
それで守れるものは、
何なのか。
夜、庭に立つ。
足音が一つ。
そして、もう一つ。
「難しいですね」
彼が言う。
「ええ」
私は答える。
「正しさが一つではないとき」
彼は静かに言う。
「あなたは、どうしますか」
私は少し考える。
長くはない。
だが、
軽くもない。
「まだ」
と答える。
決めていない。
選んでいない。
夜風が通る。
庭は静かだ。
だが、
その静けさの中に、
はっきりとした問いが残る。
私は何を守っているのか。
そして、
守るために、
選ぶのか。
それとも、
選ばないのか。
まだ、
答えは出ていない。
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