第11話 名前のない立場
その呼び方が広まり始めたのは、
ごく自然な流れだった。
「外側調整者」
最初は報告書の一文に過ぎなかった。
役割を説明するための、
仮の言葉。
だが、それは次第に定着する。
「この案件には外側調整者を配置します」
「外側調整者の判断に委ねましょう」
私はその記述を読み、
静かに紙を閉じた。
名前がつく。
それは、
形が与えられることに近い。
午後、イリアが言う。
「名称は必要です」
彼女は迷いなく続ける。
「共有するために」
正しい。
名前があれば、
伝わる。
広がる。
理解される。
私は庭を見る。
円形。
空席。
そこには、名前はない。
夕方、小さな会合が開かれる。
参加者の一人が言う。
「今回は、外側調整者を明確に置きましょう」
視線が自然と一人に集まる。
彼は少し緊張した様子で頷く。
「私が担当します」
円の縁に立つ。
だが、
その立ち方は、
少し違う。
彼は他者を見ている。
同時に、
自分がどう見られているかも、
気にしている。
役割として立っている。
位置としてではなく。
議論が進む。
彼は適切に調整する。
発言を促し、
流れを整え、
結論を導く。
問題はない。
むしろ、優れている。
だが、
終わったあと、
少しだけ空気が軽い。
「うまくいきましたね」
誰かが言う。
彼も安心したように頷く。
私は何も言わない。
ただ、
中心を見る。
空席。
そこに、
問いが残っていない。
夜、イリアが言う。
「役割として定義されました」
私は頷く。
「ええ」
「それでも、同じではないのですね」
彼女の声は静かだ。
私は少し考える。
「役割は、終わります」
私は言う。
「立ち方は、終わりません」
彼女はその違いを、
ゆっくりと受け取る。
足音が近づく。
並ぶ音。
「名前がつきましたね」
彼が言う。
「ええ」
私は答える。
「便利になります」
「それでも、使いますか」
私は少しだけ微笑む。
「私は、使いません」
名前に入れば、
そこに収まる。
収まれば、
そこから動けなくなる。
私はまだ、
そこに収まりたくない。
庭は静かだ。
椅子は円形に並び、
中心は空いている。
名前はない。
役割もない。
それでも、
私はそこに立っている。
名前のないまま、
選び続けるために。
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