第11話 声を上げる前に
それは、本当に些細な出来事だった。
翌日、
私は一人で街へ出ていた。
護衛は、いつもより少なめ。
短時間で戻る予定だったし、
今の私は、外出を恐れる理由もなかった。
本屋と菓子店を回り、
用事はすぐに終わった。
――問題は、帰り道だった。
人通りの多い通りで、
誰かの視線が、少し長く続いた。
気のせいだと思おうとした。
実際、
何かをされたわけではない。
けれど、
距離を詰めてくる足取りに、
わずかな違和感があった。
「……?」
足を止める前に、
私の前に、影が差す。
「失礼」
低く、落ち着いた声。
エドワード様だった。
「偶然、近くにおりました」
そう言って、
私と相手の間に、自然に立つ。
――偶然。
その言葉を、
私は疑わなかった。
疑う必要がないほど、
動きが、静かで迷いがなかったから。
視線を送っていた男性は、
一瞬だけこちらを見て、
何も言わずに離れていった。
何事もなかったかのように。
「……ありがとうございます」
私がそう言うと、
彼は首を横に振った。
「謝意は、不要です」
以前と同じ言葉。
「ただ、
あなたが立ち止まる必要はありませんでした」
責める響きはなかった。
事実を述べただけ。
「気づいていませんでした」
「それでいいのです」
即答だった。
「すべてに、
気づく必要はありません」
その言葉が、
胸の奥に、静かに残る。
帰りの馬車の中。
私は、
先ほどの出来事を思い返していた。
怖かったわけではない。
不安でもない。
ただ――
自分が、
声を上げる前に守られたことが、
少しだけ、意外だった。
「……慣れてしまいそうですね」
独り言のように言うと、
エドワード様は、少しだけ目を細めた。
「慣れても、構いません」
「それは……」
「安心することに、
慣れてください」
それは、
強い言葉ではなかった。
命令でも、約束でもない。
ただの、
許可のようだった。
屋敷に戻り、
部屋で一人になる。
私は、椅子に腰を下ろし、
静かに考えた。
私は、
まだ距離を取っている。
それでも、
距離の外側で、
誰かが目を配っている。
それを、
拒まなくなっている自分がいる。
「……変わったのは、
世界ではなくて」
私自身なのかもしれない。
夜、灯りを落とす。
小さな出来事。
けれど、
確かな感触。
私はもう、
「一人で立たなければならない場所」
にはいない。
そう思えた夜だった。
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