変化と成長
青江で一週間、人を指導する日々を過ごし、晴奈の心には一つの変化が起こっていた。
初日こそ何をどうして良いか分からず、雪乃の助けを借りつつのたどたどしい教え方であったが、何事も繰り返せば形になるらしく――。
「では、本日はここまで!」
「ありがとうございました、黄先生!」
最終日にはすっかり先生としての姿も板に付き、16歳の少女より年上であるはずの皆が深々と頭を下げ、感謝の意を示していた。
「……ふう」
「お疲れ様、晴奈」
一週間その様子を眺めていた雪乃が、にこっと笑って晴奈を労う。
「どうだった?」
「不思議な心持ちです。今まで何の疑問も抱かず、ただ受けるがままだった指導が、いざ教える側に回ると、こうも手強くなるとは」
「わたしもあなたを教える時、それは感じていたわ」
「そうなのですか? ……いや、そうなのでしょう。それもまた、今まで見えなかったものなのでしょうね」
「この街に来た時、最初に言ったこと。覚えてる?」
そう問われ、晴奈は「ふむ」とうなる。
「同じ環境にいたままでは、考えが凝り固まる。『気分転換』が必要、……ですか?」
「ええ。一つのことに打ち込むことは確かに美徳ではある。けれど視野が狭くなる。別の視点から自分を見下ろし、省みることで新たな道、新たな世界を切り拓ける。あなたが今まで得てきた力、技術も、新しい視点で振り返れば新たな発見があるはずよ。そして逆に別の視点で得られた見識も、あなたの新たな力になってくれるわ」
「なるほど……」
言われて晴奈は、改めて自分の心境を省みた。
(別の視点……ここに来るまで私は、焦燥感と劣等感で一杯だった。自分の剣技がまるで拙いものだと思い、少しでも上達しようと、無闇矢鱈にあがいていた。だけど今、何故だかそんな気持ちが無い。自分が3年かけて覚え、この身に刻んできた技術がどれだけ高等で確かなものか、教えることでようやく理解できたからだろう。
そしてやはり、まだ上があると思い知っているし、足りないものも見えてきた。教えていく延長線上――『目指すべき目標・模範はこうあるべきだ』と自分の頭で突き詰め、咀嚼し、そして自分の口で伝えることで、それが良く分かった。……いや、まだ分からないと言うべきなのか。私自身はまだ、そこへ至っていないのだから)
「一周できた?」
問われて晴奈はきょとんとする。
「どこをです?」
「あなたの、心の中」
「……すべてお見通しですか」
「さあ?」
やはり師匠は、いたずらっぽく笑っていた。
一週間の指導を終え、二人は帰路に就いた。
「とても実りある旅でしたね」
「ええ。あなたにとってだけじゃなく、わたしにとっても」
「そうなのですか? 結局楢崎殿には会えずじまい、行方も不明のままですが……」
「それは残念だったけれど……あなたの成長が見られて、とても嬉しかったわ」
雪乃の言葉に、晴奈は目を丸くする。
「成長? 私が……ですか」
「あなたは大きくなった。背はもう、わたしより高くなったものね。あなたは賢くなった。視点を変えることを学び、教えることを学び、考え方を広げることができた。そしてあなたは、強くなった。曲がりなりにも一端の剣士を相手にし、互角に立ち回ったあの実力は本物よ。
あなたは成長しているわ。そしてきっといつか、わたしより強くなる」
それを聞いて、晴奈はぎょっとした。
「まさか……私など、師匠の足元にも及びません」
「今は、ね。でも遠い遠い、未来の話じゃない。もうあなたの手の先にある、現実の話よ」
雪乃は晴奈の顔を見据え、にっこりと美しく微笑んだ。
「あなたが――わたしの弟子がわたしより強くなるなら、それほど嬉しいことは無い。これからも精進しなさい、晴奈。あなたはもっと成長できる。もっと強くなれる子よ」
蒼天剣・討仇録 終




