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青い街にて

 岬の先に立った途端、晴奈の目に青い海と蒼い空、そして対照的な白い雲が映る。

「うわっ……!」

 その鮮やかな夏の光景に感嘆の声を上げた晴奈を、いつものようにクスクスと穏やかに笑いながら、雪乃が眺めていた。

「綺麗でしょ?」

「ええ。故郷の海に比べて、驚くほど濃い青色です。同じ央南の海のはずなのに、これほど色味が違うとは」

「この絶景が、青江の名前の由来ね。『し』の字に広がる中央大陸の最東端で、北方の大陸とほぼ、南北の直線状にある場所なの。間には大陸も大きな島も無いから、北方からの冷たく澄んだ海流がさえぎられることなく、この海まで流れ込んでくるらしいの。だから時折、北方でしか見られない魚も紛れ込んでくるそうよ」

「そうなのですか。……もっと近付いて見てみてもいいですか?」

「ええ、一緒に見てみましょ」

 連れ立って岬から海岸へ下り、埠頭(ふとう)の先から海を覗き込むと、確かにチラホラと、魚が泳いでいる様子が確認できた。

「結構近くで見られるのね」

「そうですね。見たところこれは……アジとイワシでしょうか」

「あら、見ただけで分かるの? 詳しいのね」

「実家が水産業もしておりましたし、調理教室にも通っていたことがあるので、それなりに知識があります。釣りをした経験まではありませんが」

「やってみたい?」

「塞で釣りの話を聞いたこともありますし、多少の興味はありますね。師匠は経験があるのですか?」

「今回は街道に沿って宿に泊まってたから、機会が無かったけど――旅の途中で野宿した経験も割とあるし、魚を釣ってお夕飯にしたことも結構あるわよ。釣りたてを食べられるから美味しかったし、楽しかったわ」

「なんとも野趣あふれる思い出ですね。聞いている分にも、楽しさが伝わってきます」

「うふふ」

 この時までは晴奈も――そしておそらくは雪乃も――呑気な物見遊山の心持ちで海を眺めていたのだが、不意に雪乃が「さてと」と立ち上がった。

「この街にわたしの古い友人がいるの。彼も焔流剣士で、今はここで剣術道場を開いているの」

「そうなのですね」

「いつもわたしや塞の人間を相手するばかりじゃ考えも凝り固まってしまうし、自分自身やすぐ側のわたしに気付かないようなクセも付きやすくなる。『違う考え方』を取り入れるのも修行の内よ」

「ふむ……ん?」

 これを聞いて、晴奈は首をかしげる。

「修行?」「そうよ?」

 雪乃はにこっと笑みを向け、こう続けた。

「弟子のあなたを伴っての旅なんだから、修行の要素を入れないとただの観光になっちゃうもの。もしかして忘れてた?」

「い、いやいや! まさか!」

 ぶんぶんと首を横に振りはしたものの――指摘されてようやく、旅の直前まで自分の頭の中に渦巻いていた焦燥感や劣等感が、どこか遠くに飛んでいたことを自覚した。

(なんてことだ……あれだけ頭を悩ませていた明奈や黒炎教のことが、すっぽり抜け落ちていたとは)

「ま、それが狙いではあったんだけどね」

 と、雪乃は晴奈の頭をポン、と優しく撫でる。

「あなたずっと、焦ってるように見えたもの。目的意識を持って一途に打ち込むことは立派だし成長には必要だけど、それに囚われすぎては極端な道に走りかねないわ。それにあなたのことだから、放っておいたらきっと、とんでもない行動に出ていたでしょうから。2年前のこともあるし」

「う……」

 単身で故郷を飛び出したことを引き合いに出され、晴奈は苦い顔をした。

「繰り返すようだけど、同じ環境にいたままじゃ考えが凝り固まるわ。行き詰まったら気分転換するものでしょ?」

「そう……ですね」

「だからこれは、あなたの気分転換。新鮮な気持ちで、新鮮な環境で。新しい一歩を進めましょう、晴奈」

「……はい!」

 師匠の心配りに気付かされ、晴奈は深く、しっかりとうなずいて返した。

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