09 異世界の女神7 悪女(虹髪)
「何か」は、ネッチョリ(比喩)している。
異界ではしゃぐ魔王にかけらにされた今、ジットリ(比喩)になっている。
アレインは「何か」のかけらの移動の速さを「ローヒールを履いた成人女性が疲れた足を動かして平地を徒歩でおうちに早く帰りたいするくらい」と推定したが、実際はもう少し遅い。
「ハイヒールを履いた美女がスリット入りマーメイドラインのワンピースでホテルラウンジを思わせぶりに歩くくらい」、である。
要するに「時速4.3キロ出せるわけねーだろヴァアーカ!」であった。
「こちとら傷だらけで疲弊した人間の案内役やぞ。
求められている(?)のは引き摺り込む力!
そも素早さいらねーの!
「何か」が景色でしかない速さのある輩サンは、深淵の浅瀬で無差別爆撃して逃げ去る常連さんなんで! ああ、負け惜しみだな! それが?!」(早口)であった。
ちなみに、異界の端から神域投影までの直線距離は、最短でもざっと9300キロ。
日本からオランダの首都同士を繋ぐ道のりを、大海と断崖絶壁、そびえたつ山々を踏破しての鉄人体験ツアーとなる。ぃや無理。
とはいえ、補給も休憩もいらない不死の身。かけらだろうと、やれるっちゃやれるのだ。時間かかるだけで。やりたくないだけで。
(異界にはもう生命体はいない。
だから他世界から引き摺り込むしかないのに、いつもの世界に行けなくなった…閉じ込められた? 不条理だ。他にもやっているヤツいるのに、何で自分だけがこんな目に遭う…まさか…にじかみに見つかった?
いや、まさかな)
「何か」は命に絡まないと何の情報も得られない。
貶めること以外はあまり考えられない。
不利となる考察も避ける。
「何か」に堕ちた以上、真実に意味がないからだ。
(詰んだわけじゃない。別の他世界に繋がっている地域があるようだ…果てか。深淵のほうが近いか。
深淵で溺れる魂に寄生するという手もある。運が良ければ転移者が堕ちているかも?
そんなんいたら、かけら同士で取り合いになるね。よってたかって寄生してやる。
なんにせよ今は、移動するしかない。「何か」に戻るには、移動しまくるしかない。果てから他世界にまた移動するか、もしくは深淵で誰かが来るのをひたすら待つ、しか…。
…待つ。
そんな忍耐あるかぁ!!)
かけらは激怒した。かの邪知暴虐の魔王を…いやそっちは怖いから逃げるとして、かの卑怯な少年を除かねばならぬと決意した。あ。魔王にはナイショで。
(忍耐はさせるもの! するものじゃない!
こちとら「何か」だぞ!
待つだの耐えるだの…存在意義に抵触して消滅しかねんわ! 長距離移動のほうがマシ!!)
というわけで、各地で蠢く「走れ小物」たちは、特に申し合わせたわけでもないが移動を開始していた。
アレインの、予想通りに。
◆
レルムは異界で風になっていた。
機械人種の風速計が最大瞬間風速82m/Sを記録した。
指定された5キロ範囲内をくまなく走り回り、短刀と短剣の両手持ちで分割機した後、短銃に持ち替え、逃げたり潜んだり悲鳴をあげる何かを、かたっぱしから撃ち抜いていく。
装填0.02秒。機銃でもないのにほぼ連射。
「やはり異界に物を持ち込めた。装備だけでなく魔道具も。
異界の法則は謎が多いが、僕の知る自然界の法則や現象も適用される。大前提ゆえに本番前に確認できて僥倖!
今いる地点のモドキは、比較的に大きいサイズが揃っていた。
おかげでサイズ差による移動速度の違いが実測できた。これで、より正確なタイムリミットが算出できる…けどこの調子なら誤差だな! 油断は禁物だが浮かれてしまうな! レルム卿かっこいいな!」
アレインは興奮していた。
くにゃんくにゃんしながら、魔算機作動音を響かせている。
「モドキの移動ルートもほぼ推理どおり。仮説検証の修正も順調である。
移動途中、モドキ同士がはちあわせた場合、ウサ晴らしを優先すると予想した。あってた。さらに騒ぎに惹かれて参加者も集った。
つまり、時間軸を足して計算し直し、同時刻に接近した線は…このように曲がると推理できる。
よって、まとめて弱体化が可能となる効率的な集合地点が生じる可能性が高まった。
ちなみに時間帯、進路、依存の傾向、判断の2極化…悪感情に酔った人間の行動パターンとほぼ一致した。
「何か」の思考回路が読める…読めるぞ…! 今後も行動予測が可能である…!」
ふいに風圧がきた。
「つまり悪い意味の脳筋。なるほど。気を付けます」
凪をフル活用して踏ん張ったアレインの耳元で、レルムの平静な声が響いた。
銃声。
アレインはビクゥと飛び上がった。
すぐさま優しく地に下ろされる。
「閣下、報告します。現在、残弾27。敵の総数78、退魔完了しました。
次の指示を」
マッハ0.2でキッチリお仕事終わらせた新幹線はやぶさ男は敬礼した。
アレインは地を見た。
撃たれ虚無に還っていくモドキを最期まで見届ける。一拍おいて「…、うむ!」と頷いた。
「任務完了だ、レルム卿。ご苦労だった。
最後に、僕には重要な作業がある。これを重要とみなすからこそ僕はオトナであると胸をはれる。
レルムくん。終わるまで、少々お付き合い願いたい」
ピンときたレルムはちょっと笑った。
「同感です。ふたりでやれば早くすみます」
「感謝する。
撃殻薬莢は問題ない。素材が僕の凪ゆえ、さきほど焼尽した。
対モドキ兵器の総数は81。うち、確認できた着弾地点は79。地図に印をつけた。まずそちらを片付けよう。
その後、残り2の回収を目指し、1時間で終了とする」
「了解」
要はゴミ拾いである。
アレインは長い手足をくにゃつかせながらせっせと掘り出し、レルムも地図を見ながら発射した小さな金属クズを集める。
「やりっぱなしは未来に重くのしかかる負債である。特にこの世界の歴史は始まったばかり。僕らオトナが己の尻を拭うことを忘れずにいれば、きっと未来の子らにとっての理想郷に至ると僕は信じている。もちろん時代は変化する。故に必ず捻じれは生じる。それは自然なことだと僕は認識し続けなくてはならない。人は己の立ち位置からしか状況の把握が出来ない。表面的にしか未来へ伝わらないとすれば、僕の善かれ良かれはいつか必ず害悪と化すだろう。思うに」
冗長に喋り続けるアレインの声を聴き流しながら、レルムは(こういうとこアウローラと似てて良いよなぁ)とホッコリした。
当初の目的である魔道具の実証試験は大成功だった。
細部の調整をすれば実戦投入が可能だとふたりは判断した。
その際に、ふとレルムが呟いた。
「もし聖剣に応用できたら、刻みついでに虚無に還せるのでは…?」
アレインはレルムの装備を眺めた。ピコーンと閃いた。
「試そう。今」
レルムは武器庫から使い慣れた武器をいくつか持ち出していた。
それらを預かったアレインは、己の胴体に開いた不思議空間に突っ込んで、ドタガタカチャボトチーンとやった。
結果、一番に相性が良かったのは短銃。
「刻んだら還せる」は叶わなかったが、55ミリ以下のモドキは退魔できた。
聖剣とは剣に限らない。持ち主に宿る神秘だ。
聖剣の騎士が持つ武器道具が、虹色の光を放つ聖剣と化す。
そのあたりは「師匠」の塩梅らしく、箸や器、櫛など日用品は聖剣にはならなかった。
そうとわかった時、レルムはホッと胸を撫で下ろした。
(もしかして大昔の誰かがそのあたりで困ったのかな? だから判定基準を調整したのかな?)などとレルムは思い、ついでに(その誰かって料理する人かもな)とも思った。
何故ならフライパンは光ったので。お玉も聖剣。キッチン用品ほぼ全て武器判定。
なのに、鍵や靴下などは光らない。丈夫な革ベルトも聖剣にならない。いや日用品なので当たり前だが。
使い方のイメージだろうが、レルムには基準が分からない。とはいえ、
(調理中に襲うようなアホがいる環境なら、そりゃ聖剣いるよなぁ)
…と同情し、レルムは遠い過去に思いを馳せた。
そんなこんなで、聖剣・短銃(試作品)が誕生した。
魔法付与のようで、そうではないらしい。楽しく設定捻り出したが、アレインは「続きは、論文で…!」と端折った。話せば長いのだ。
(おれは魔法が使えないからなぁ。聞いても多分よくわからん。
まぁ戦力で在れるなら、おれはそれで)
鳥頭を自覚するレルムは理解をあっさり諦め、ゴミ拾いに集中した。
狙撃した本人なので、見失った2つもだいたい予想がつく。
ほどなく全て見つかり、ふたりは神域投影へ帰還した。
翌日。
本番である。
お留守番組はスヤスヤ。夜空が仄かに濃藍を滲ませはじめる時間帯に、5人は異界に向かった。
アウローラの「画面」による移動は、ほぼ一瞬だった。酔うことも疲れることもない。
レルム、アウローラ、アレイン、カイゼリン、スペルモル。
荒廃した大地に、個性豊かな人影が現れ、個性豊かに降り立つ。
リンはいつもの戦闘服、ゴーグル型のサングラス装備。今日は大事な髪飾りを汚さぬよう帽子をかぶっている。ぬいぐるみは背負っていない。巾着リュックごとお留守番だ。
アウローラはフード付マントと骨組み入り帽子、顔には日よけベール。
スペルモルは…本日、ちょっと荷物が多いのもあり、従僕みたいな見た目だった。大丈夫。後で着替える。
アレインとレルムは普段通り…に、少し装備が足されていた。
神域投影内ではシースルー素材と化した凪は、異界に入ったとたん透けなくなった。
レルムの首枷も異界では見える。
アレインいわく「結論として異なる次元の重なりによる現象なのだが、理論上は矛盾であるからして何故このような形で破綻せずにい(以下略)」。話せば長いのだ。
お忍び姿の貴婦人と、マントを嫌がり着なかった少女、大荷物の従僕、そして、玩具を胸元に突っ込まれた護衛。
まるで高貴な母娘の我儘三昧に振り回されてますと言わんばかりの一行の影が、星空の下をゾロゾロ移動していく。
カイザルが選んだ場所は、少々凹みのある崖だった。
遠目からは景色に紛れ目立たず、近くても反った崖が目隠しになり見えない。いざ辿り着いてみると、そこからは異界を広く一望できた。
「罠として使いきるには、もったいない立地な気もするが…ロマンティックな男だな。
まぁ…うん。じゃあ行ってくる。必ず呼んでくれ。必ず」
レルムは別行動だ。
離れがたいな…と、愛妻にかまい、双子から「長いサッサといけ」と叱られる。クゥーン…が聞こえてきそうな表情の夫を送り出し、アウローラは目視と魔法探知、さらに「画面」でもって周囲の現状を確認した。
「ええと…はい。大丈夫です。神隠しはまだ起きていません」
リンが不敵な笑みを浮かべた。
「いつでもよろしくてよ」
視線をうけ、スペルモルは頷いた。荷物を降ろし、着替えはじめる。
「おやつ預かってきた。とっとと始めて、後は茶会だ」
女子二人の顔がパァっと輝いた。
ここから更に分かれて別行動をとる。
アウローラは3人の背を見送った後、せっせと指示通りに動いた。最後にマントと帽子を脱ぐ。身だしなみを整え、準備は完了。
さも「まぁ何故わたくしはここにいるのでしょう。よくわかりませんわ。けどわたくしが困っているのだから、すぐに誰かが良きに計らうことでしょう」という風な哀しげな微笑みを浮かべた。
アウローラの演技力はそこそこだ。「暇をもてあます貴婦人」らしく、ごく自然に口ずさみはじめる。
曲は、とある歌劇の独唱。
愛しい女の罪をかぶり処刑された男に対し「何故わたしの呼び声に応えないのか、死のうとも変わらず仕えるのがお前の愛のはずだろう」となじる、愚かな女の嘆き。
◆
闇の中、スタコラサッサと「何か」のかけらは進んでいた。
魔王の初撃で欠け、深淵方面にベチャァと飛び散ったんで、そのまま逃げたかけらだ。
数十キロひたすら徒歩の旅、かけらは大っっっっ変に、イラついている。
面倒な斜面や崖は避けた。地面の凹凸は荒らした。足をくじきそうな絶妙に嫌な角度の穴ぼこを量産しつつ進んでいると、ピンヒールの足跡を見つけた。微かに美しい歌声も聞こえる。惹かれ、進路をズラした。
大岩の隙間を通り抜けた先で、視界がいっきに広がった。
そこに、一輪の花が咲いていた。
荒廃したモノクロームの大地、濃紺にほんのわずか淡い橙を滲ませるあけぼのの空。
崖を境目に切り分けられた2層の景色に佇むひとりの人影。背中を向けた貴婦人が、終末の薄明に向かって歌っている。
深紅のドレスはビロード生地。たっぷりの重厚なドレープが柔らかく重なり合い、まさに花弁のごとく。
紅色の繊細なレースで飾られた革コルセットは引き締まり、そのくびれは花托のよう。
しなやかに反る背は大胆に開かれ、一見して素肌のようだが、首筋までしっかりとシアー素材で覆われている。光を鈍く弾き、なめらかな陰影が肌をしっとりと彩る、花柄を思わせる風情。
とっくに人をやめた「何か」にすら、手折りたい衝動がよぎるほどに、蠱惑的な色を帯びていた。
柔らかそうな二の腕はレース袖に覆われている。繊細な赤の葉脈だ。複雑な形を規則的に紡ぎながら、細まる手首まで命の水を送り出している。
贈り物のリボンのように、紅い紐をコルセットにゆるく絡ませた貴婦人を、かけらは「生きた商品」と判断した。
死の大地に咲く豪華なイブニングドレス。
滅びた命の再来。殖える神秘の象徴。
それは溺れた者が縋る藁。
飢えた者が夢見る思い出の味。
力なき意思を踏みにじる昏い快感…!
かけらは狂喜した。
(極上の生命体だ! 神隠しだ! 身体ごと転移した…)
ふと気付く。崖の向こうに、汚泥ためこむ深淵が広がっていることに。
(…! なるほど、深淵を通じたか!
何をやらかした、悪女め。さては呪物を作ったな?
適性があるヤツが呪いに手を出すと、殺されようが自死しようがふたたび蘇ると聞いたことが…、)
かけらは、ふと記憶にふれた。しかしすぐに見失った。
(…誰に聞いたのだったか…いや、もともと知っていたような…いや)
かけらはすぐに違和感を吹っ切った。
(どうでもいいや! これは好機だ!)
「何か」は深く考えない。終わったことは振り返らない。返れない。終わっているのだ、とっくに。
いざ寄生せんとした、その時、かけらはビチっとつんのめった。リリン、と鈴の音。
(…!?)
糸にひっかかった。木々の間に張られている。かけらはハッと気付いた。
(異界の人工物はとっくに土に還った。
他世界の物質は存在できない。
…転移者が、服を着ているはずがないっ!)
歌がやんだ。貴婦人が淑やかに振り返る。顔はベールで隠され、かけらが知れるのは笑んだ口元だけ。
かけらは恐怖した。眼が合わない。
(物品を着ている、凪も纏っている…何者だ?!
言葉も表情も…なにより眼を隠されたら身元が探れない!)
「…すぅ」
貴婦人は唇をすぼめ、大きく息を吸った。
かけらはその仕草を悲鳴の前動作と悟り、強気を取り戻した。
(…驚かせやがって!
よく見れば纏った凪はまだ未熟…新米魔導士だ。ベールを外せ! すぐ外せ!)
呪詛を放ち、かけらは進もうとした。動けない。糸が食いこむ。
(くそ、糸は凪か! こっちはやたら頑丈な…マズい、弱体化する。下がるべきか…いや、…何故ベールを外さない?!)
かけらがためらう間に、貴婦人の豊かな胸は息で膨らむ。
そして、悲鳴が発せられた。
超がつく高音だった。
爆音でもあった。
凪を呼んだらしく、かけらは思いっきりダメージを受けた。
(…っのアマ…! クソ迷惑な…(悪い言葉)んだから、異界に堕ちんだろが(嫌な悪い言葉)がよぉ…!)
イラっとしたかけらは強引に歩を進め、やむなくふたつに分かれた。
糸から解放されたとたん、呪詛を重ねがけながら襲い掛かった。
((苦しめ! 絶望しろ! お前はもう終わりだ!))
フラグである。
赤い糸で青い鳥を支配する悪女が、ここで終わるわけがない。
ふたつの「何か」のかけらは16分割され、魔圧を浴びて弾き飛ばされた。次々と岩にぶち当たる。
かけらの視界には、変わらず味気ない大地、ひとり増えたシルエット、明るくなる空に立ち上る…煙!?
((炎だと!? ありえない。燃える物などとうにないはずだ、この異界は))
「安心した」
色付きのバリスティックゴーグルを装備したレルムが囁いた。
妻の隣に降り立ち、青い魔力翼を消す。
「あなたに防犯ブザーはいらないな。その声があれば」
「ね。淑女としては複雑だけど。役に立つなら良いわよね」
アウローラが囁き返したそのとき、偶然、風が吹いた。
ベールが煽られ、ほんの一瞬、茶色の瞳がのぞく。
逆光に意味はない。十分だった。かけらたちは悲鳴オンナの正体を知った。アウローラについての浅く広い情報が手に入ったのだ。
(…救国の悪役令嬢だと!? なんだそりゃ!!
呪詛が効かない。返されたわけでもない、なら…無効化? バカな、なにか起きてい)
2種の剣を腰におさめたレルムが、ごく自然な動作で2丁の短銃を構えた。
「どうぞ? フォローは任せて」
「ええ」
アウローラはベールの下で目を閉じる。次に瞼が上がった時、アウローラの両眼と髪はオーロラのようにゆっくり色を変えていた。
その虹髪を見た「何か」のかけらたちは、絶望した。
(この女…にじかみ! …嵌められた!)
弾薬箱、一箱108個入り。




