06 異世界の女神5 チートヒロイン(トリックスター)
カイザル(見た目42)生前めっちゃモテたし口説いた。今は物品なので、そういうの無い。無いけど生前の癖が遺ってる。
ヒュプシュ(17)カイザルの口説き技を見ると楽しくなっちゃう天使。
ただし自分にやられたら全速力で逃げる。「違う。そうじゃない」らしい。
夫のキザ技は毎回クリティカル萌え。
女神の民…異世界「神域投影」の謎生物。ツノを重視する生命体。進化が進めばペガサスだったり妖精だったり色々になるのかも?
今は野菜っぽい魚っぽい爬虫類っぽい見た目のちっこいいのち。喋る。
異世界「神域投影」の女神たちは、それぞれ己が望んだ役割を担っている。
アンナは「娯楽の提供者」だ。「美食の女神」でもある。
「理想の殿方とは何か見せつけてやーるー」という動機で前代未聞の「性別を変える魔道具」を生み出した、自称「チートヒロイン」でもある。転生者だ。
困りごとがあれば相談を。さすれば救われる。
一を聞いて十を理解し、百十一を展開、重厚な展開をも娯楽にすりかえた上で遊ばれるが、結果として問題は解決する。
前世で培った謎の知識と今世ではっちゃけた無敵の度胸でもって、皆を良くも悪くも翻弄する、まさしくいたずら女神。
彼女の言動を崩せる者は、今のところ愛妻しかいない。
◆
ヒュプシュのまんまるお腹から、ぴょこりと飛び出た小さな凪。
青みを帯びた緑色に透けている。まるで投射された立体映像のように。
とりあえず、全員が握手を試みた。
結果、ほっこりした。
なんと触れたのだ。凪が呼べないレルムでさえも。
凪とは魔法に関する概念だ。普通は見えない。触れない。異界でないと実体化しない。
なのに、見える。触れる。魔力の色を帯びた透明な物質として、誰が見てもここにある。
「よく分かんないけどカワイイよね! あたしの体調? 元気だよー!」
あっけらかんと笑うヒュプシュは本当に元気そうだが、男性体としては少々気に掛かるようだ。
念のためにと頼まれ、アウローラは診察を行った。
母子ともに健康だった。
男性体はアンナに戻ってお礼を口にした。
「ちょい空気が変わって見えた瞬間があったんだけど…ただの気のせいか」
逆に、アウローラの不安は増した。
なんたって未知の現象である。
妊娠中というただでさえ不安定な時期に、神域投影は激変した。
ヒュプシュは神域投影の核だ。
影響があるのではないか。本当に大丈夫なのか。見えていないだけで、実は何か怖いことが起きているのではないか。
不安に駆られた考えすぎは、考えることなくヒュプシュに頼み、彼女の魂である魔道具「神域投影」を借り受けた。
そして、安易に己の特殊魔法「画面」を発動させた。
神域投影の理にまで参照し、明らかに今は関係ないだろう項目にまで目を通した。
結果は、杞憂。
凪の実体化は、この新世界の自然現象だった。ちいちゃいお手々は、胎児がお遊戯をしただけだった。どちらも何も問題なかったのだ。
アウローラはヒュプシュに魔道具を返しながら、内心で少し首をひねっていた。問題ないと分かったのに、不安が消えなかったので。
カイザルは言った。
「胎児は呼ぶぞ。妻の腹によく凪を感じた。
赤子もだ。ひとり遊びをする。湯たんぽちゃんは下唇を吸いながら呼んでいたな。
…見えなかったが、こうだったんだろうな」
愛妻20名。戦死した戦友から託された白い妻4名、実子31名、養子4名。こどもはまとめて湯たんぽと呼び、全員をただただ上衣の中に放り込んで湯たんぽにするだけだったダメ父は、目を細めてヒュプシュのお腹を懐かしんだ。
カイザルの視線は慈愛に満ちていて、目の当たりにしたヒュプシュとアンナが父性みに中てられ黄色い悲鳴をあげた。
「成長すると揃って呼び方を忘れるようだ。
まぁオレには「憑依」があったからな。身体が思い出すまで代わりに呼んでやったけどな。
妻のうち数人は「実力を見誤る、甘やかすな」と言ってきたが、環境も実力のうちだ。オレのそばで生まれたんだ、憑依されるのは当然だろうが?
ついでだから早く得物を選べるよう、面倒な基礎鍛錬も代わって」
カイザルは軽快に語り続け、当時の記憶が蘇ったのか、ひとり盛り上がりはじめた。
魔王さまは過去語りオジさんなのである。
やらかしを武勇伝として自虐っちゃう系オジなのである。
ありがたいことに他人には絡まない。
ひとり呑みをにぎやかに楽しめるタイプだ。呑んでないけど酔う。
ダンディの慈愛にオギャった夫婦の目は瞬時に覚めた。
ひとり大ウケして高笑いする居酒屋親父から、すみやかに女子会へ興味を移した。
アウローラの話を聞くなり、アンナは言った。
「へー。つまり運動場できたってこと? 全力で遊べる場所ゲット。やったね」
ヒュプシュが持っていたカゴの中身は蒸し枝豆だった。大量にあるソレの皮を、アンナはせっせと剥き続ける。
「女神の民から聞いてる? リンの外遊びの話」
「遊びじゃないの! 修行よ!」
必殺技を模索中のリンが口を挟んだ。
アンナは「だね。修行な」と訂正し、ひたすら皮を剥く。
「元気でヨロシイ結果、地形が変わるし、一帯が焼け野原になるらしいよ?
もちろん居住地域は無事だよ。被害なし。リンちゃん良い子だからね、ちゃんと避けて暴れてる。えらい。褒める。
焼け野原もね、土地の魔力が整うとかで歓迎されてた。ド派手に景色が変わるせいもあるのかなぁ…よくわからんけど魅力的らしいわ。
で、ケンカになるんだって。
女神の民って進化途中だからまだちっこいし、魔力が整った土地なんてナンボでもあるのにね…賢王が「欲に溺れて事実を軽視される」って途方に暮れてたよ。
それで、どうしようねって世間話をね、してたワケよ。
けど、解決できるかも? 異界ならどれだけ野蛮しても森に影響ないもんね。
あ。ねぇ、アウローラ。
一枚布完成ってことは、森の外もマトモに住める環境になる?」
「ええ。時間はかかるでしょうけど、いずれは。
神域投影が定着した影響で、今はいったん成長が止まっているけれど…落ち着けば、前よりもっと早く森は広がっていくわ」
「…。ヤバいかな。
多分だけど、他に住めるを女神の民に気づかれたら、新天地の奪い合いとかやりだすよ。
国境って概念を知っちゃったからね…賢王が種族平等を訴えてるけど、どうも根深いらしいわ。今、国が乱立してんだって…不穏だよね。
まぁ安全なお庭が欲しい気持ちは分かる。あたしもそう。
ってわけで提案。
今のうちに異界にツバつけよ? 女神側の領土にしよ。ね?」
「ええと…そう、ね…。
神隠しが起きれば救助が必要だし…まだ土地が危険なうちは、そうすべきよね。
わたくしとしては、一時的な管理であれば賛成よ。当面は。将来的には意見が変わると思うけれど。
増えゆく女神の民とは、対等な隣国として長く健全にお付き合いしていきたいわ」
「それはそう。
大丈夫、悪いようにはしないわ。
あたしは敏腕商人の娘だからね。取引先に無理させたりしないし、言いなりにもならない。Win-Winが理念。引き続き、外交は任せて。
というわけで、レルムさん。出番だよ。「何か」駆逐しよ? 異界を安全な遊び場にしてきてよ。
リン、修行は異界でやろうよ。そっちなら気にせず暴れまくれるよ。
スペルモル、遊園地どう? 設計図を書いてあげる。おいちゃんに頼んで遊具を作ってもらお。フィールド・アスレチック。毎日が貸しきり遊び放題。イエイ。
さて、ヒュープシュッ。いっぱいお食べ」
喋りながら器に枝豆を満たしたアンナが、スプーンで「あーん」した。
お待ちかねヒュプシュが大口でほおばる。
ニコーッと輝く満面の笑みで「美味しい! だいすき!」を表現されたことで、アンナの珍しい笑みが、たちまちいつものデレデレに戻った。
「よし。ずんだ餡を作ろう。明日のおやつは団子にするね」
スペルモルは、何も言えなかった。
口をはさもうとするたび、姉がひたすら枝豆を「あーん」してくるせいで。
剥くはしから放り込んでくる。
なんなら閉じた唇にも押し付けてくる。
「はやく食べてちょうだい。次が剥けないじゃない」じゃない。頼んでない。いいから喋らせろ、なんて怖くて言えない。
(姉さまの甘え方がいつもと違うな…? アウローラも冷静さを欠いてみえる。レルムは…変わらないな。俺の気のせいか…?)
スペルモルは顔をそらして「枝豆終了のおしらせ」を暗に示した。
リンはちょっと不満げな顔をした。だが、すぐ気を取り直して自分でもせっせと食べ始めた。
(最初からそうしてくれよ、姉さま…
いや違うアンナだ。だからなんなんだ、その発想は…! 「敵の巣窟が出現したぞ、遭難者は破滅するし、なんなら犯罪者と化して森に押し寄せかねないぞ」って話だろが、どうして植民地の話にすりかえる?!
だいたい点在した領地なんぞあったところで扱い辛いだろ! 女神側は9人しかいないのに!)
ふとヒュプシュのお腹を思い出し、スペルモルはうぐぐと歯噛みした。
(…くそ。確かに。長い目で見れば、これはメリットだ。アウローラもレルムも言わないが子を望んでいる。
俺たちは成長はしても歳をとらない。殺されない限り死なない。宝が増えるなら、今のうちに土地を確保したい…くそ。
またアンナに先回りされた。張り合う気はないが、ノリで流されるのはゴメンだ。
同じ結論に至るとしても、俺は思考も意志も手放さない。絶対に)
賢明な少年と裏腹に、うっかり流されがちなアウローラが、迷いながらそっと挙手した。
「ええと、アンナ?
困ったことに「何か」は殺しても死なないの」
スペルモルは固まった。ゆっくり目だけ動かし、アウローラの困り顔を観察する。上品なしぐさ、穏やかな雰囲気、その表情も、普段と変わらないように見えた。
「レルムの聖剣でも殺せるか分からないわ。
いつかは自然に虚無に還るみたいだけど。でも、どれくらいの年月がかかるか分からないし。
結局、今は、あちらの寿命?が尽きるまで精神攻撃に耐え続けるしか方法が…いえ」
アウローラは口元をひきつらせてカイザルを見た。その眼は、暖色系の色が順に移り変わっている。
「思いもしなかった手段が生まれていたわ。カイザルさま。お手柄です。
強力接着剤…じゃなかった、魔力漬けにして金継ぎの材料にしていた「何か」ですが、今、還りましたわ。虚無に。
最期の言葉は「ただでさえ無料奉仕で過剰労働なのに上司のオチ無いヨタ話のBGMまで強要される職場なんざやってられっか労基に〆られろボケジジィ」です。
ええと…お疲れ様でした」
アウローラは立ち上がり、美しいカーツェをした。
感想に困った時、場を濁したい時のお約束。
お互い転移前が同郷なのでコレで通じる。無事、うやむやになった。
労われた(?)カイザルは、ニヤリと笑ってアウローラに誘惑を返礼した。
その際に、アウローラの隣に座る実妹と目が合ったので、平等に贈る。
生前モテ男は女性限定で誘惑る。
誰にでもオレ様る。
意味なく気安く遊び感覚で色気を振りまく。
物と化した今、結果に責任をもつ気すら無い。あまりにも悪い。
リンは無言で「熱」魔法を放った。
実兄を軽く高温で燃やそうとした。
しかし魔王さまは燃えなかった。
ホカホカ湯気を立てながら、邪悪に微笑んでいる。
レルムが瞳孔ガン開きで睨んでいるのだが、そちらも魔王さまはへっちゃらだった。
わざとズラして受け取り「お? オレと遊びたいんだな?」と喜びだす。
カイザルは、当て馬をやりたがる喧嘩っ早い煽りオジさんなのである。
当のアウローラはというと、恋敵からウィンク贈られても反応に困るだけだ。
とりあえず目礼して、話を進めることにした。
「後は…わたくしが「消滅の魔法」を習得できれば、虚無に還すのと同じ結果をもたらせるかと」
アンナがビシッと両手でアウローラを指した。
「それ。
そういや、あんた、いっぱい練習したいって言ってた。
チャンスじゃん。気が向いた時にでもレルムさんと異界デートしておいでよ。イチャイチャがてら「何か」のかけらで練習。
とりあえず、かけらにしておけば悪さの程度が下がるんでしょ? 消滅できなかったとしても放置でオケ。
神隠しに遭った子の救助もあるし、いくらでも再チャレンジすればいいじゃん。
ついでにヤツらに宣言しておくのはどう? 「森には立入禁止」って。
それでも乗り込んできたヤツらは、毒をもって毒を制す。
オレさま社長が強制雇用。
ブラック企業に永久就職よ。ようこそ、虚無へ。燃え尽き症候群へご案内。お早いお還りをお待ちしております」
アウローラはあっけにとられてアンナを見た。
「アンナ、あなた…もしかして怒っているの…?」
「そう思う? でも、あんたもでしょ?
眼の制御、ちらほら甘いよ。「強化」で弾いているから何とか喋れるけど。
あはは! 謝るこたないって。分かってるわよ、わざとじゃないことくらい。あたしらのスパダリにあんな真似されたら、そりゃねぇ。
ああ、ほら。枝豆たべな。お腹満たして落ち着こうぜ。
聞く限り、どうせすぐ解決できる話じゃなさそうだし、だったら日常の方が大事よ。
夫とイチャコラして、双子を愛でて、友人と遊ぶ。
楽しい生活を優先しつつ、ぼちぼちやろうぜ。出来ることからさ」
無造作に口につっこまれた枝豆をもぐもぐする。アウローラはレルムを見た。
レルムは妻を優しい目で見おろして、爽やかに微笑んだ。
(レルムは賛成なのね。私は…ええと)
アウローラは枝豆に手を伸ばした。さやを摘まみあげて自分でも剥いてみる。ぴょこりと簡単に豆が飛び出した。
(…あら)
アウローラの瞳の色はゆっくりと寒色系が移り変わり、やがて濃い茶色に戻る。
気分が上がったアウローラは、ほやほや微笑み、背後に立つ夫の口に枝豆を「あーん」した。
レルムはデレデレした。いそいそとソファを回って跪き、妻からのご褒美をルンルンで待つ。
「あーん」用の枝豆を剥きながら、アウローラはスペルモルを見た。
スペルモルは唇に親指をあててじっと考え込んでいる。
アウローラも考えてみた。しかしソワソワと心が落ち着かない。思考がまとまらない。
己のおかしさを自覚できないまま、アウローラは安易に思考を止めた。
「ええと…はい。夫婦はアンナの案に同意します。
スペルモル、いかがですか?」
スペルモルはゆっくり顔をあげた。
「…なんだろな? やはり引っかかる。上手く言えないが。
おいちゃんを呼ぼう。
どうせ全員に話を通すんだ、俺の意見はその後にする」
話を聞いたアレインは、いくつかの質疑応答を経て、皆にこう告げた。
「まずは全員で禊である。良い日和なので、入浴後に日光浴も」
アレインいわく「状態異常に陥っている可能性がある」らしい。
おいちゃんが言うことならば、と、ぞろぞろ湯殿へ向かった面々は、キャッキャと水遊び(ヒュプシュは足湯)をした。
館の丘を散歩する形で日光浴をし、鉢合わせたヴィルヘルミナとともに談話スペースへ戻る。
「…スッキリ。ナニコレ」
アンナの表情から険がとれていた。
アウローラやリンも同様。まさに憑き物が落ちたように、己の言動をかえりみて動揺していた。
男衆は密かに安堵した。
サクサクサク。ヴィルヘルミナがクッキーを齧る音が、談話スペースに響く。
ソファに落ち着き、アレインは改めて断言した。
「長期戦は悪手である。討伐を提案する。可能な限り早急な着手を要請したい」
彼らしからぬ強い主張に、誰もが目を見開いた。
アレインは落ち着いている。
前世の姪とよく似た気品ある空気感で、穏やかに話し始めた。
「感情論ではない。これは国家安全保障である。
アウローラ、君の「画面」の使い方があきらかにおかしい。
自覚できなかったようだが、本来の君ならそうはならない。己の特殊魔法を警戒し、常に自戒を忘れない君が、何故、今回は安易に濫用できたのか? レルムくんに相談することすら思いつけなかったのか?
カイゼリン。君もだ。
優秀な戦士たる君は、常に間合いを意識している。
何故、今回は安易に自ら接近できたのか?
もちろんカイザル殿は君を傷つけない。だが、そういう話ではない。
まず距離をとる、それは染みついている動作のはずだ。ましてや格上。君なら必ずスペルモルに指示を乞う。本来の君ならば。
そうしなかったのは、恐らく…いや確実に、たまたまではない。出来なかったのだ。
「画面」に表示されないほど自然にありえない言動へ導かれた、僕はそう考えている。
敵の侵入を許せば女神の民もこうなるだろう。だが誰もそうとは気付けない。我々もだ。
気付けないまま精神の汚染は広がる。互いをうっすら軽んじあい、不信感が高まり、それは小さな諍いや忍耐に繋がる。禊で解除できても、ヒビが入った信頼の再構築は双方の努力を要する。困難だ。やがて軽蔑が蔓延する。取り返しのつかない脅威に至る。
ちなみに「何か」は人間ではない。人に化け、悪感情に酔った者のような言動をするが、本性は生き物ですらない。
機械人種として分析を行った。
「何か」である柔粘性結晶の成分は、魂が濾過された後の残渣に酷似していた。
前世の母国の定義に基づき、僕はこれを生命とは見做さない。
正体は不明だが、広義では呪いの一種である可能性が高い。
暫定的に「廃棄物の天災」、呪物モドキと称する。
敵は既に侵攻を開始していると僕は考える。
あくまで目安でしかないが、体長30センチ前後の「何か」の最高移動速度の推定値を割り出した。
これにより、デッドラインまで3か月と暫定し、対策を講じたい」
賢王…女神の民をまとめている王さま。アウローラとレルム夫妻が加護を与えたので、さらに進化(新しく能力を得て見た目も変わったの意味)を遂げた。アンナの茶飲み友達。がんばってる。




