03 異世界の女神2 護衛官(最強)
カイザル(見た目42)双子の実兄。長兄。物騒な元の世界では、物騒を極めた侵略王だった。
おせっかい大好き。頼られるのも大好き。はりきる。やりすぎる。悪感情が高まると「穢れの付喪神」としての本性がでちゃう。そっちはかなり危険。
双子は、10才の時に異世界「神域投影」へ転移した。
元の世界において、双子は真っ当な扱いを受けていなかった。周囲は荒んだ言動に溢れていた。それしかない。だから似るのは当然だった。何かしらの違和感を覚えつつも、されてきたようにする。言われたように言う。観察して、模倣する。木を隠すなら森の中。身を守るために空気感を身に染める。それにより、双子は野生の魔獣のごとき言動をするようになっていた。
理解していなければ表現できない。真っ当を知らなければ、真っ当にはなれない。知らなければ演じることすら出来ない。
そんな魔獣を、社会的動物に導いたのがレルムだ。
質実剛健な軍人は、護衛官を名乗った。女神の民からは「絶対強者の女神」と呼ばれている。そのとおり、強さは人外だった。
対面早々に「飴と鞭」ならぬ「絶叫マシンと板飴」で双子を躾けたのだ。本人いわく「育った村では定番のおしおき方法」らしい。えげつない。しかし、弱肉強食の環境で育った双子からすれば、レルムの言動は分かりやすい。
双子は一発で心が折れた。それにより生死与奪の権利を奪われたと思いきや、当のレルムにとって双子は護衛対象だったらしい。
素のレルムは庇護欲の塊だった。女こどもに優しい。というか甘い。真面目で穏やか、善良で忍耐強い。まさに理想的な騎士だ。
アウローラが絡まなければ。
主君である姫を守るため「神域投影」まで追ってきた。その事実だけなら、見た目どおりに「忠義の騎士」だったのに、本音ではがっつり下心があったのだ。
降臨早々に口説き倒して、速やかに主君と夫婦になった。以来、デレデレ。妻の愛情に固執し、形振りかまわない。
双子にとって、レルムは家族も同然だ。
危なっかしい大型犬であろうと、覚悟が決まりすぎた色惚け男であろうと、何故か急に耳が馬のような形に変化し、魔力の翼まで生やすペガサス獣人になったわけだが、それでも、武力も優しさもまとめて「本物の強さ」を体現する頼もしい男なのである。
女神たちは双子に甘い。寄ってたかって美しい景色を与えたがる。
双子を慈しみ、気遣い、思いやり、諭し、褒め、叱り、喜び、辛抱強く向き合い、居場所でのくつろぎ方を全力で見せてくれる。
もちろん双子は困惑した。しかし満たされる。自然となじむ。そのうちに理解する。そして、かつての違和感の正体にも気付く。「あの手の言動をしたくない。あんな自分は好きじゃない」、だった。
女神たちは完璧ではない。誰もが不完全だ。しっかりしているつもりのようだが、間が抜けている。オトナなのに欠点だらけ。けれど、やらかすつど「しっかり」しようとする。周囲はそれを当たり前のように受け入れる。
双子に対しても、それは同じだった。「自分たちも許されている」。気が抜ける。心が癒されていく。
意思が守られていることを理解すれば、賢い双子は表現できるようになる。片割れ以外を信じられるようにもなる。
「のびのび生きろ、すくすく育て」
そう日々愛でられる双子は、女神たちの宝として今日も異世界で暮らしている。
◆
お肉大好きスペルモルは「神域投影」へ帰った。
弟の姿が消えたとたん、カイザルの表情が変わった。踏んだ偽物を見下し、そのまま蹴り飛ばした。
吹っ飛んだ「何か」はそのまま逃げようとした。だが、布のように広がった凪に阻まれ、捕縛された。逃げられない。
びしょ濡れの本物は、ゆうゆうと歩きだす。
立ち止まると、みのむし状態で転がる「何か」の顔面を片手でわし掴みにした。そのまま持ち上げる。
「どうした。言いたいことを言えばいい。弟に対しては楽しそうだったじゃないか。
ああ、口が使えないか。なら手信号でかまわない。オレはそうなった後でも仲間に命令したからな」
水が滴る前髪をかきあげながら、邪悪に嗤った。
若い頃の己の姿が、大事な末っ子をなぶっていたのだ。目の当たりにした長兄は…それはもうブチギレていた。
「なりすますなら完璧に模倣しろよ。カイザル王を名乗るからにはなぁ…」
じわじわと滲み出るように肌の内側から赤黒いヒビ割れが現れる。金継ぎされた陶器のように、細い裂け目が全身に走っていた。
「死にかけようが狂おうが…みっともねぇ最期のその先で、呪いに至ってでもやり遂げろよ。それがオレだろうが? なぁ」
「何か」は頭から床に叩きつけられ、さらに踏みぬかれた。
目を覚ましたスペルモルの第一声は「食えるから先におかわり分も乗せてくれ!」だった。
ここは館の玄関ホール。窓際にある休憩スペースだ。ソファのひとつで横になるスペルモルを囲んで皆が見守っていた。
女神たちは全てを見ていた。それぞれが心を痛めたまま、スペルモルを褒め、撫で、四方八方から抱き着いてもみくちゃにする。
される思春期男子は、半眼で耐えた。
(もう12だぞ、俺は。いつまでこども扱いする気だ)
17才~21歳の女神たちからすれば、出会い当初10ちゃいの少年は天使と同義。
性別は覚えているが、その意味を忘れているし、なんなら幾つだろうとイメージは変わらない。
女神たちは、ひとしきり少年の帰還を喜んだ後、いそいそとおもてなしの準備に動きだした。
スペルモルはちやほやされた。ソファに座り直している間に、全てが用意された。
左右から実姉と母ポジがひっつき、ソファを挟んだ背後では父ポジが頭を撫でまくって褒めてくる。
目の前には湯気立つラーメン。氷入りのお水。
おしぼりは手渡されることなく、両隣が勝手に拭いてくる。いつも以上のちやほやだった。
本人は別に望んでいない。ラーメンだけでいい。むろんリンはいる。アウローラ…も、まぁ。良い匂いだし、ふかふかだし。レルムのでっかい手も、褒められるのも…正直、悪くない。
けど、おしくらまんじゅうはいらない。こんな髪グシャグシャにされたら…ほら、クシ出してきたじゃん。リボン選び出したじゃん。ぁあ? どっちでもいい、はよ喰わせろ。
とんこつラーメンには特厚とろとろチャーシューが5枚のっていた。スペルモルはいそいそと箸を掴んだ。
まずは一枚のチャーシューで、全てのモヤシを包みこんで麺の下に沈める。
アンナ流ラーメン攻略奥義「天地返し」をキメてから、「ひははっきまふぁっつあ!」した。
めっちゃ美味い。スペルモルは麺の滑らかさと絡むスープの美味に恍惚とした。アツアツを豪快に頬張った舌はヤケドしていた。しかし美味いの前ではどうでもいい。スペルモルは夢中で咀嚼する。
そんなスペルモルの頬に、美しい指先がゆっくりと近づいた。優しくツンとつつくと、ピカリと光る。聖女の「治癒」が発動したのだ。瞬く間に舌のヤケドが癒される。
スペルモルは、無表情のヴィルヘルミナに目礼を送った。
ヴィルヘルミナの表情は動かない。しかし、その妖艶な雰囲気に慈愛が宿った。心から微笑みかえしたつもりなのだ。顔にでないだけで。
その頭にかぶっているのは機械人種。
変形する人型ロボットは本来スペルモルの帽子だ。親友でもある。
有事の際に護衛として貸し出したところ、そのまま聖女とニコイチになってしまった。相性が良かったらしい。彼女の帽子として常態化した。
今も、人型のまま腹ばいになって長い長い手足を垂れ、ヴィルヘルミナの頭頂部でバランスをとっている。
アレインの見た目は金属玩具だが、声質は甘ったるい。製造元の趣味と思いきや、「千里眼」を持つアウローラ曰く「前世の声と同じ」らしい。
その美声でもって、アレインは喋りだした。
「我が友スペルモル。君の勇気に敬意を。苦痛を伴うと分かっていた。つもりだった。甘かった。上回る罵詈雑言であった。あれに対峙する決意を貫いた君は、まさしく僕の英雄である。
おっと…すまない。そのとおりだ、小さなレディ。訂正しよう。スペルモルは僕らの英雄である」
言い直してもらえたので、リンはアレインを睨むのをやめた。満足そうに弟の肩にほおずりする。
アレインは仲良し双子を微笑ましく眺めながら、続けた。
「結論から言おう。現状、退魔は不可能だ。しかし関わりは絶てる。悪夢は解決可能だ。
何故なら存在する界が違うからだ。君の「対話」なしでは「何か」は君と接触できない。これには驚愕の事実を伴う。詳しく解説しよう。まず、前提として…うむ?」
アレインは黙った。スペルモルから「待った」の形で片手を突きつけられたからだ。
スペルモルはもう片手でどんぶりを掴み、残りのスープをガブガブ飲み干している。顎をあげて最後の一滴まで呷ると、半眼で告げた。
「検証は助かった。ありがとう。だが、書け。約束したろ、おいちゃんの解説は聞くには長すぎるんだよ。ちゃんと読むから論文にしろ。
ごちそうさま。俺、戻る。兄上に伝えてくる。厄介ならいらない。相手にしなくてすむなら、とっとと撤収を…アウローラ? どうした、顔色悪いぞ」
場にいた全員の視線が淑女に集まった。
青ざめたアウローラは「画面」を行使していた。オロオロと見上げては「ひぇ」と鳴き、目を背けるように前を向き直り、恐る恐るまた見上げて…を繰り返している。スペルモルから声をかけられ、怯えながら口ごもった。
「ええと…カイザルさまが、ええと…」
スペルモルは無言で映写膜を指さした。
「兄上が暴れているんだろ。状況を知りたい」
アウローラはためらった。こどもに見せたくない景色だったので。
アウローラは箱入りである。もともとの性格もあり、強気でいくとすぐ流される。
それを知るスペルモルは、あえて急かした。
「見せろ。今すぐだ」
アウローラはすぐさま従った。虹色の光がふわんと広がり、スクリーンに映像が投射される。音声つきで。
控えめにいって、地獄絵図だった。
カイザルは想像以上に暴れていた。鬼ーちゃんは昔の血が騒いじゃったらしい。
惨劇を目の当たりにした聖女は、静かに気を失ってソファに沈み込んだ。
慌てた帽子が人間サイズに巨大化し、ヴィルヘルミナを介抱する。
「画面」表示と映像展開を維持しつつ、アウローラは友人の診察もはじめた。
「…ううう怖いぃ…ごめんなさい、レディ・ヴィルヘルミナ…わたくしの配慮が足りなくて…。
処置完了です。あとは休ませないと」
「承ろう」
アレインは軽々とヴィルヘルミナを横抱きにした。
そのまま場を去る後ろ姿を見送ったアウローラは、ハッと気づいた。
(ヒュプシュは無事!?)
慌てて周囲を見渡す。妊婦の姿がみあたらない。アンナもいないことに気付いて、アウローラはホッとした。
(察して事前に連れ出してくれたのね。良かった)
そのとおり。アンナは愛妻に過保護なので、アウローラの反応を見た瞬間に退出済である。自称チートヒロインのアンナにぬかりはない。
スクリーンでは、軍人でさえ額を押さえる展開が繰り広げられていた。
無双の王がはしゃぐドスの利いた罵声と、野蛮なもろもろの音も筒抜けだ。
映像倫理機構に思いを馳せつつ、アウローラは「画面」に向き直った。
「カイザルさま。こちらから全て見えています。どうか鎮まっ…聞こえていらっしゃいますか?」
ノリにノッた無双の王は、昔の自分をボコするのが楽しくなっちゃったらしい。高嗤いして、ひとりキャッキャしている。
アウローラは青ざめた。慌てて現実世界にいる本体に目を向ける。
窓際に置かれた安楽椅子に身体を預け、びしょ濡れのカイザルは眠っている。
彼の頭上には巨大な水差しが傾いて浮かんでいた。そこから大量の水が流れ落ちている。
流水は、ヒュプシュが魔法で地下水を引いた。凍えるような冷水を全身に浴び、カイザルは眠り続けている。その足元には魔法のシートが敷かれ、水は全て吸い込まれて地下に戻っているらしい。
「ちゃんと水垢離しているわ。
「画面」で三位一体の表記を維持しているし、繋がっているから聞こえるはず…なのに、声が届きにくいのは何故? まるで呪いが濃くなっているように…え。あれ。これ浄化が追いついていないわ。…待って?
カイザルさま?! 存在が危うくなっています! どうか聞い…え、ひえぇ…」
とうとう顔を背けた妻を、すぐさまレルムは優しく抱きくるんだ。
「…浄化が追いついていない、だと?」
スペルモルは眉を顰める。アウローラは、夫の軍服に顔を埋めながら、コクコク頷いた。
「今も浄化され続けています。なのに呪物として強化されつつあります。このままじゃ意思疎通ができなくなってしまいます。
どうしよう、わたくしの声に応えてもらわないと呼び戻せないのに。呪いが濃すぎるの。魔核のヒビ割れが表面化するほどよ。
…割れてしまうかも!? さすがのカイザルさまだって、きっと痛くて泣いちゃうわ…っ」
「「それはない」」
双子から同時に突っ込まれた。アウローラはびっくりした。
「でも、あんなに痕が、あの、傷痕が、あんなに痛々しくて、だからっ」
あわあわと訴える妻を安心させるべく、レルムは優しく微笑んだ。
「おれが行くよ。止めてくる」
(「何か」はシにませーん! ザマァアアアア!!)
「何か」は不死だ。常に存在し続ける。いかにボッコボコにされてグッチャグチャになっちゃったとしても、生き物じゃないので死なない。かといって死者でもないので成仏しない。
(深淵に帰ったら元どおり。
凪で砕かれてかけらにされたから帰れないけど…弱体化したけど…そもそも囚われて逃げられないけど…うん。まぁ。
でも何とかなる。ちょっと時間がかかるだけ)
無双の王から盛大にボコされようが、物理的に細切れにされようが、消えない。不適切な掃除のせいでカビやら菌やら残りましたぁなノリで成分が居座る。
確かに弱体化した。チンケな悪感情しか煽れない。しかし塵も積もれば心を壊せる。なにより、
(寄生すれば解決。道連れにして深淵へ帰る。復讐がてら宿主の人生も壊せて一石二鳥)
凪に拘束された状態でグッチャグチャにされた「何か」だが、一発逆転のチャンスを諦めていなかった。
最適な宿主が目の前にいるので。
すんごいド濃厚な嗜虐心を持つヤツが目の前にいるので。目の前っていうか踏んでるっていうか高嗤ってるっていうか。
(ぐぇ)
またも踏まれ、「何か」はとうとう汚れシミっぽくなった。潰れて飛び散る「何か」のかけら。
「だんまりか? 臭ぇだけのヘドロもどきに成り下がったな? だが、てめぇ…まだ奥の手ぇ隠してやがるよな? ははっ! おら、とっととヤれよ。焦らすなよ、楽しくなっちまうだろうが、なぁ!?」
「何か」を蹴り上げ、カイザルはゲラゲラ笑った。
まさしく魔獣の所業。正体は魔王さまなので、このオジさんは冷酷非道が素なのである。ドン引きなことに。
蠢く「何か」をさらに蹴り上げようとして、カイザルがピタッと動きを止めた。
「そこまで。カイザルさん、お迎えにあがりました」
背後からレルムの声がして、油断していたカイザルは舌打ちをした。
「随分と薄い存在感だな、レルム? 体臭もない、威圧も完全に消せるなんざ、まるで暗殺者っぶは!」
振り返ったカイザルは噴き出した。
「違うな! 犬だな!」
そのまま笑い転げた。
レルムは腰布一枚の裸だった。首にゴツい首輪を嵌めている。リードのような赤い紐が垂れて、その先は中途半端に虚空で消えていた。
異界への安全な転移となると、全裸が当たり前。カイザルのように紳士服を纏える者のほうが少数派だ。
レルムは悔しそうに呻いた。
「人です。残念ですが、私は凪とやらを呼べません。そういう体質らしいです」
「首輪は?」
「首枷は私の私物です」
「リードもか? はははっ! 邪魔そうだ。捨てろよ、そんなもん」
レルムはムッとした。
「手放しません。どちらも大切です。特にリードは運命の赤い糸です。アウローラからの愛なので!」
レルムの小指に、赤い糸が括りつけられていた。
カイザルは爆笑した。
「ははははははお前ソレはははははは」
レルムはため息をついた。
「帰りますよ…、…。なんのつもりです?」
至近距離からいきなり繰り出された刺突を、レルムは危なげなく避けた。
カイザルは凪の斧槍を引き、好戦的に嗤いかけた。
「ここだと全力出せるぞ? 遊ぼうか、レルム」
カイザルはひらりと手を動かした。艶めく赤い凪がレルムの身体を包み、布に変化する。
レルムは馴染みの軍服を着ていた。軍服に視線を落とし、流れるようにカイザルの足元を見やる。そのまま身体を辿るように視線を上げていき、カイザルの顔を見たレルムは、静かに警戒を強めた。
「得物は何だ? 好きな武器を言え。オレの凪で作ってやろう」
陽気に嗤うカイザルは、まったく気づいていないようだ。
おびただしい量の穢れが、彼の身体に満ちていた。穢れは溢れて、両眼からドロドロと大量に漏れだしている。
「何か」をとらえていたはずの拘束布、その中身は空っぽだった。
アレイン(28)機械人種に生まれ変わった、アウローラの叔父。天才。彼の言う結論は信じて大丈夫。解説が冗長、作中では割愛されがち。論文作成だいすき。愛称、自称ともに「おいちゃん」。素の一人称は「僕」。
アウローラ(19)ステータスの魔法が使える非戦闘員。レルムの愛妻。真面目で知識が豊富、しかし哀しきぽんこつ。彼女の予想はいつだって的外れ。十分な情報と準備期間があれば出来る子。双子のママン役。
レルム(19)アウローラの夫。真面目な護衛官。お耳が特徴的。双子のパパン役。「バトルシーンあったら脱がして良い」って心のアンナが言ってた!(言っていない)
ヴィルヘルミナ(21)特殊魔法「治癒」が使える奇跡の修道女。妖艶な美女。
表情が動かない分、雰囲気で感情表現しがち。美貌や色香すごいが本人に自覚はない。見た目に反して誰よりも無垢。ふワァ~オ担当ではない。彼女のお色気な展開はない。いっさい無い。ワンチャンも無い。マジで無いんだスマンな。




