02 異世界の女神1 魔王(最凶)
スペルモル(12)双子の弟。転移前の世界では末の王子、とはいえ育った環境は劣悪。女神の中で最年少。姉を崇拝。肉をこよなく愛す。
リン(12)双子の姉。本名はカイゼリン。転移前の世界では末の姫、とはいえ育っ(同文)。弟を盲信。たぬきのぬいぐるみをこよなく愛す。
凪…魔法が絡む、なにかしらの概念。これを利用すれば「何か」に物理的ダメージを与えられるようだ。
にじかみ…「何か」にとって、めっちゃ怖い存在。見つかったらオシマイ。
スペルモルと双子の姉は、命からがら異世界「神域投影」へ転移した。
「神域投影」では、転移者は女神として存在する。双子は、一対で一柱の「重なりの女神」として、「女神の民」から降臨を歓迎された。
「神域投影」は豊かな森であり、四季がはっきりしており、敵がいなかった。双子はようやくホッと一息ついた。
坦々と続く平穏に暇を感じはじめた頃、新たな女神たちが降臨してきて…色々あったあげく、双子は今の安寧を手に入れた。
他の女神たちは、とにかくこどもに甘かった。寄ってたかって慈しまれる双子は、元の世界が悪い夢だったと思えるほどの幸福な今に至っている。
◆
スペルモルは魔力が弱い。身体も小さい。でも、賢い。だから周囲から頭脳担当として頼りにされている…と、いうことになっている。
実際は小手先のことしか言っていないし、やれていない。スペルモルなりに考えて動き、諸々の下準備をするわけだが、そうすると過保護な女神たちは大げさに大喜びする。こぞってご褒美を寄越してくるのだが、それに見合うような働きは出来ていない。しょせんは雑用係。誰でもやれる事しか出来ない。スペルモルも、そう理解できている。ぷふ。
得物は手斧。王子でありながら剣でも槍斧でもなく、平民の生活道具が得意。まぁ…それなりに強い。だが、護衛官にはとても敵わない。そもそも賢いと言っても、司書の事務能力や知識量には到底及ばないし、なにより機械人種がいる。本物の天才が友人だ。常に比べざるを得ない立ち位置ならば、己の限界が見えるというもの。
胸の奥で抱いているだろう、その劣等感を想像すれば…「何か」はホクホクと心が弾んだ。
(そういうの、大好きだ! 誰より劣っているという自覚を深めて、もっとみじめな思いをしてみせてよ、少年!)
「何か」の正体は、誰にもバレていない。だから特に名前はない。たまに「魔が差した」だとか「どうかしていた」だとか呼ばれることはあるが、そんなものは「何か」の本質ではない。心理学だの何だのシャラクセェ分野では、何か色々と名付けを試みる動きがあるようだが、どれもコレも(惜っしい!ザマァ!)でしかない。
(影に名をつけられても、本体は特定されない。影を踏みつけられたって、本体は痛くない。誰にもバレないなら、誰が相手でもやりたい放題していい)
他者の不幸や苦痛を安全圏から煽って楽しむ、それが「何か」流。認知される気はない。
だって「何か」は人間が好きなのだ。誰より少ない手札で勝負するしかない、そんな弱者が大好きだった。
一生懸命に雑魚い手札を操って、必死に食らいつく。みじめな思いを隠して、我慢して、耐えて、誤魔化して、疲れて…いつか己が守ってきた価値を見捨てる。それこそが「何か」の狙いだった。
(しぶとくキレイであろうとする者ほど都合の良い獲物はないっ! 抗って良いよ! でも最後はぜひ深淵に堕ちていただきたい! 美味しい餌食になぁれ! 絶対に気付かないで。悟らないで。間違えていて。お願いだからありたい自分を貫いて生きぬかないでっ!)
そんな「何か」の最近のお気に入り、それがこのスペルモル少年(笑)。
なによりマヌケ。都合の良いトンチンカン。トキメキさえ覚えるほどの愚かな道化、スペルモル。
少ない魔力で「ゆめまじないの魔法」をいじくって(雑魚ほどオタク)、新しい魔法「対話」を編み出した(別にスゴくねーから)。
夢の世界で実兄へ直談判したつもりで、実際は、異界の「何か」に語り掛けてきたのだ。「何か」を、実兄と思い込んで。ぷふ。
「カイザル兄上、俺の身体に「憑依」しないでくれ。記憶に残らなくても、誰かを傷つけたことくらい分かるんだ。
姉さまに好意的だった下働きがいなくなった…食堂の顔ぶれが変わった。他の者たちも俺に怯えはじめた。嫌がらせは無くなったけど、軽蔑の眼で気を遣ってくる…意味がわからない。
兄上。俺の身体を使って、あいつらに何をしたの? 姉さまの部屋に呪物が届いた…まさか兄上じゃないよな? まだ暗殺したいのか? 頼むよ。諦めてくれよ。リンは死なせない。消させない。姉さまは、俺が守る」
ほほーぅ…と「何か」はウキウキした。さっそく顕在意識の水面を眺めて、スペルモル少年の半生を探った。
これはまた素敵なドロドロ具合。「何か」的にはありがちな展開に見える。でも、当事者にとっては地獄だろう。
「王太子の地位を奪い合う骨肉の争い」…を、人間の醜い姿が大好きな王サマに見せつけるための茶番。
王から民を守るための茶番、その最中で起きるべくして起きた、すれ違い。
長兄カイザルは、「何か」に言わせれば(ピーーーー)だ。おキレイに言えば「格好つけたがりの愚者」だ。
まだ7才にもならない弟を相手に、意味深な笑みを向けて「姉を助けたいか? なら、消すしかないな?」と宣ったのだ。
「死んだフリしろ」と言えば良かったのに。「オレが守ってやるから別人として自由に生きろ」って、そのままを伝えれば、それですんだ話だったのに。せめて説明すれば、その場で解決したのにね。
死の危険を感じながら生きている弟に、そんな含んだ物言いをすれば、当然、誤解が生じる。
「姉の暗殺」を連想した弟は、すぐさま兄と決別した。ありもしない危機から、片割れを守るために。
以来、双子の警戒は高まり、兄の後悔と心労は増した。
それでも弟妹を守りたい兄は「憑依」のつど父王からの刺客をせっせと駆除する。真実を知らない弟は、意味がわからず消耗していく。耐えかねた弟は、とうとう行動に出た。それが、この有様だ。
(おにーちゃんの夢に入るつもりで、うっかりこっちに来ちゃったかぁ。つまり、迷子。ぷふ)
「何か」はルンルンした。スペルモルの心を覗き見して、カイザルの姿を構築する。なりすます。
蠱惑的な雰囲気で人心を掌握し、強烈な魅了眼と卓越した魔法技術をもつ第一王子カイザル。
戦略や戦術を駆使して戦場を制御する優秀な武将であり、「剣豪」の称号を得るほどに、実力揺るがぬ熟練の戦士でもある。
スペルモルにとっては手斧の師匠だ。
カイザルの持つ特殊魔法「憑依」は、他人の身体を乗っ取り自由に使うことができる。「面倒ごとの肩代わりをする」ことが大好きなカイザルは、年月をかけた努力の成果を、自らの卓越した戦闘技術を、弟の身体にそっくりそのまま伝授したのだ。
(この兄も大概クダラネェおキレイさ。深淵に叩き込んで溺れさせたい。こいつが大事に守ってきた連中になりすまして嘲笑い、上から棒で突き回してやりたい)
大柄な体躯に純白の軍服。立派な毛皮のマント。王族を象徴する濃い茶色の髪を短く刈り、目つきは鋭く覇気あふれた豪快な偉丈夫。
スペルモルの記憶から拝借した見た目だ。必ずスペルモルは本人とみなす。
張り切った「何か」は、完璧に模倣したカイザルの声音でもって、スペルモルに応え…まんまと絶望に堕とした。
それでもスペルモルは諦めなかった。
現実の時間は進み、幾度も「対話」は繰り返される。
「姉の暗殺を諦めて。俺の身体で誰も傷つけないで」
そう「何か」に訴える。当のカイザルには聞こえない深淵で、大真面目に。
そのたびに「何か」はゲラゲラとあざ笑い、カイザルになりすましては思うさま心をなぶった。少年の絶望を美味しく頂いた。
やがて、少年は「何か」から姿を隠した。実兄を諦めたわけではなく、どうやら次元を違えたらしい。
(異世界に追放刑かぁ。じゃあもういいや)
「何か」はスペルモルをコロッと忘れ、他の標的に興味をうつした。
しかし、しばらくすると、少年がまた「対話」を申し出てきた。
さすがにギョッとした。
(は? ありえない。たかがこどもが…王から粗大ゴミとみなされるような出来損ないが? 次元を超えて…接触してきやがった、だと!?)
スペルモルは異世界にいる。二度と元の世界には戻れない場所にいる。なのに、数多の時空が混在する混沌の中から、元の世界に属した「何か」がいる異界を探し当てた。
それは宇宙に落とした米粒を見つける以上に困難なことだった。ほぼ不可能。な、はず。
なのにやり遂げた。それも、児戯で。たかが「ゆめまじないの魔法」に手を加えた稚拙な(はずの)魔法で、夢を繋いできやがったのだ。
(本質を特定されている…?! そんな! 「何か」でいられなくなる! 「何か」のままでいたいのに! 不気味なマヌケどもの、醜いに決まっている本性を、バレない位置から暴いて安心したいだけなのに!)
スペルモルに捉えられた「何か」は恐怖した。
その恐怖を、「何か」は自分がそう感じたと気付く前に素早く歪ませた。歪めた恐怖は、害意へ変わる。害意は嗜虐心を呼び覚ます。嗜虐心は執着を伴い、「何か」に虚勢をはらせた。
もともと「何か」に信念などない。とはいえ、一応は正しいっぽい言葉を掲げる。建前がいかに便利かを、ちゃんと「何か」は知っている。
(スペルモルはおぞましい。「何か」の居心地を悪くする、都合が悪い存在だ。弱者は悪とされていろ。黙って搾取されていればいいものを。こっちに迷惑をかけてきやがって。
発言権をもつ者の利益に繋がれば、何をしても許されるんだ。悪を、許すな。身の程を分からせねば。黙らせることこそ正義)
他人の害意は美味しいが、己の害意は自覚したくない。直視したくない。だってキモい。何かバッチィ。でも力にはなる。「何か」は意思を飾りたて、必死に奮い立った。
(気枯レるまで地獄を見せる。心を崩壊させて魔法を失わせる。「何か」にはその権利がある!
「何か」を捉える「対話」をまだ未熟な脅威ごと虚無に捨てねば。
…にじかみに、気付かれる前に)
何にせよ、やることは一緒だ。
「対話」が発動するたびに「何か」は、カイザルになりすます。徹底的に精神攻撃を重ねる。
スペルモルはつど傷つく。そのかわり諦めない。毎回やたらキレイな意志を携えて、なんなら心の傷を癒した状態でやってきては、意思をあらわす。耐えぬく。「何か」の攻撃を受け流すのだ。防戦一方、なのに絶対に堕ちてくれない。おぞましい。
(懲りねぇ白けるキモい。会うたび精神が回復しているの何故?)
「何か」としては、スペルモルを闇に狂わせたい。悪感情を引き出したい。引き出して煽って余裕を削って恨み憎しみの深淵へ突き落とし、穢れたままとっとと虚無へ溶けてほしい。なのに。
少年は、いつまでも愚直なまま。
その日、いつも通り「対話」を仕掛けられた「何か」は、いつも通りにカイザルになりすました。そして、いつも通りに話を聞かず、やりたい放題していた。
すると、いつもと違うことが起きた。
スペルモルの背後から、上質な紳士服を纏ったひとりの男が現れたのだ。
ひょろりと背の高い壮年の優男。濃い水色と白のロマンスグレーに、精度の高い凪を隙なく纏う…が、何故か全身びしょ濡れだった。
頭から水を滴らせ、スタスタ歩み寄ってきたと思いきや、そのまま圧倒的な凪を呼んで「何か」を完膚なきまでに叩きのめした。問答無用。犯罪者ですら「やったらダメだろ人として!」と叫ぶだろう不条理な展開だった。
男には、人間らしさが無かった。もういっそ天災のように理不尽だった。魔獣のごとき所業。
あっというまに「何か」はグッチャグチャにされた。グロい状態になっちゃった。
ズタボロの「何か」は、慌てて男の正体を探った。結果、「意味が分からなかった」。
男は存在が無茶苦茶だったのだ。
(生きる死体…いや、違う。逆だ。身体は生存している。魔核が死者…しかも呪物化している。コイツ、人の形しているだけだ。ただの物にすぎな…待って。呪物のくせに、害意がほぼ無くない? 何故…
浄 化 さ れ て や が る!
ホント待って。おかしい。浄化されてて何で呪物のままでいられる? 呪物って、浄化されたら終わるよ? 呪い薄まるし。よく分からんけど存在できないよ?
それなのに、呪物のくせに生者に宿って人間やってて、しかも害意をコントロール出来ているってありえない、おかしい…は?
異世界の設定のせいで…付喪神として神格化したぁ?!)
「何か」は慌てた。シュレーディンガーの猫的な屁理屈で矜持を誤魔化しつつ、さらに男を探ってみた。それにより、あやうく虚無に溶けかけた。
(こいつ、魔王だ。付喪神って自称しているだけで…破壊神として顕現してる。
…こんなの詐欺だ! 弱者に騙された! 凪を使いこなす味方を隠しているなんて卑怯だ! 何でこんな目に遭わないといけない?!)
今の「何か」は戦闘不能状態だった。
「無双の王」の肩書でブイブイ最強やらせてもろていたのに、いきなりその張りぼてを壊されてしまったからだ。
みるからにズッタボロ。あきらかに敗者。こんなんじゃ強者と信じてもらえない。なりすましを暴かれると、「何か」は権威を行使できなくなるのだ。
(深淵に帰らなきゃ。復讐は回復してからだ)
「何か」は撤退を決めた。勇気ある撤退をしようとする。
出来んかった。
びしょ濡れ男から踏まれたせいで。顔のど真ん中を。ワイルドイケメンなご尊顔を。
好みはあろうが確実に需要があるカイザルの美貌を台無しにしてから、びしょ濡れ男は初めて声を発した。
「スペルモル。やはり本物に任せろ。先に帰っていい」
男が発した言葉により、「何か」の持つ情報網が更新される。
ふと思い出したように男が言い足した。
「アンナがラーメン作ったぞ。美味かった」
「何か」は対象の記憶も少し探れる。条件をクリアする必要はあるが、聴こえた言葉から関連情報を得ることが出来る。最新に更新された情報によると、兄弟はすでに和解していた。それにより、なりすましがバレていた。
今回の「対話」は、最初から「何か」の正体を探ることが目的だったのだ。あとラーメンは豚骨。中太麵。トッピングはネギと味玉とチャーシュー、たっぷりモヤシ。
(モヤシはいらん…! そこは海苔だろ! 栄養を口実に安いカサ増しすんな! いや、それどころじゃない、さすがに魔王なんぞを置いて行かれちゃ困る! 『一緒に帰れ! とっとと帰れ! そんでモヤシから先に食え! のびた麺と減ったスープに絶望しろ!』)
慌てた「何か」は呪詛を放った。諸事情により内容がチャチくなったものの、威力は確かだ。
呪詛を食らった者は必ずその結末に至る。呪詛の効果とはそういうものだ。
スペルモルは、本物の兄を連れて帰り、のびきったラーメンを目の当たりにする。必ず。
まともに凪が使えない未熟な少年に抗う術はない…が、魔王さまは違う。ノールックで阻んだ。弟を守ったついでに呪詛返しするまでワンセット。
「何か」は呪詛を跳ね返された。
急激に湧き上がる「ラーメン食いてぇ」欲。しかし「何か」は、もう人ではないので、ラーメンを食べることが出来ない。例えありつけたとしても、最初に食うのはモヤシ。呪詛とはそういうものだ。だから、どんなに麺が食べたくても、味玉や海苔に心惹かれようと、モヤシを食べきらない限りは次へいけない。伸びた麺をすすりきったとて、激減したスープでは替玉が使えない。まともな麺は味わえない。絶望だ。
(せめて細麺だったら…! まだスープの量が残る可能性があったのに…!)
「何か」が苦悶するそばで、スペルモルはパァっと顔を輝かせた。
「ラーメン! 食いたかった! 俺の分は何枚? 厚い?」
カイザルは、ニヤリと嗤いながら、親指と人差し指で隙間を作る。涎をたらさんばかりの弟に見せつけ、チャーシューの厚みを暗に示した。艶めく重低音で告げる。
「溶けるヤツが3枚。おかわりは2枚までだ」
カイザル(肉体年齢42歳)が1枚で無念のギブアップをしたので、厚切りチャーシューが余っているのである。
スペルモルの両目がカッと光る。いそいそと「対話」の魔法を解除しはじめた。
「俺、帰る! ちゃちゃっと食べてすぐ戻る! カイザル兄上、その間よろしく!」
(よろしくない! ちゃんと持って帰れ! 特厚とろとろチャーシュー食わせろぉぉ…っ!)
「何か」は絶叫しようとした。したかったのだが、本物によって顔面を踏まれていたため叶わなかった。
水もしたたる色男カイザル(享年86)色々あった。結果、自分の魔核を呪って呪物に変えちゃった。
死んでからも色々あって、浄化された状態で「神域投影」内で顕現した。なんやかんやは特になく別人(42)に宿っている。
「呪いがかかった状態」であれば分類上「物品」に所属。死者の魔核だろうと物品。生者に宿ることで「自我をもつ物品」つまり付喪神。
「物」になれたことは本人的に本望。
オレ様ちょースゲー有能だからガンガン頼れ。しこたま必要としろ。全部ブッ壊して何とかしてやるからよぉ。…後始末? オレ人じゃないんで。物なんで。そういう融通を利かせろ的な何かは生前に妻らとか弟妹とか仲間とかにも色々言われたけど今だにちょっとよくわからん! 人間やるのオレには難しかった!
自称「穢れの女神」。まぁまぁ安全。
昔は濃い茶髪の偉丈夫。
今は濃い水色と白のロマンスグレーな優男。
性格はしぶとく変わらない。今昔ともに謎の紫色も健在。
ラスボス感あふるるダンディ。
とろとろチャーシューに胃がもたれた(身体年齢)。




