01 まずは敵である「何か」を紹介するね!
「何か」は悪意だ。害意でもある。執着でもあり、嗜虐の権化であり、歪みに歪んだ恐怖の煮凝りでもある。
深淵というスープから湧き出るアクのようなものであり、大半はいずれ深淵の汚泥となり、虚無に還る…もしくは、掬い取られて「呪い」の材料にされたり、しれっと新たな命に混ざったりもする。いわゆる生物の「個性」を決定づける要素のひとつでもある。
「好き」と想うことで回復に努める時があるなら、悪感情で強制起動せずにはいられない時もある。
「何か」とは、後者の状態にある者の感情を煽り、更なる深淵へ誘う案内人でもあった。
とはいえ「何か」が好むのは前者の存在だ。
自我が無いようで、意外にも無くもない…いややっぱ在るとはいえない「何か」は、しかし、様々なことを広く知っていた。
ただし、薄っぺらい。
表面しか見ない。
正誤も真偽もどうでもいい。
歪んだ情報のさらに上澄みだけをたっぷり知る「何か」は、それを手段に用いて、回復に努める者の心をなぶり、貶め、深淵に引きずり込むことを趣味としていた。
オキレイな存在を、隙あらば引きずり込んでグツグツするのだ。良い出汁が出るんだぁ!
虚無が望むのは上質で美味しい深淵! 出汁は重要!
え、後者の存在? 足りてる。必要以上に十分。案内したら大抵は自分から飛び込んで勝手に溺れまくってくれるもん。
そんですぐ気枯れて深淵に溶け出して、勝手に後悔とか絶望とかにまみれて虚無に消えるから。
性に合うのか、いつまでも溶けずにキャッキャ居座るヤツらもいるけどね、そういうヤツラって結局アクにしかならないからね、いらない。
そのうち底の方で汚泥風呂するのにハマって、こっちに手ェ振って誘ってくるヤツもいるけど興味なーい。
己のことすらまともに考えない「何か」は、今日もせっせと深淵を煮込んでは、己も浸かって味わってキャッキャキャッキャとご満悦。
「何か」はずっとそんな感じでやってきた。
ところで、最近「何か」はご機嫌だった。めちゃくちゃ上質な出汁が調達できているから。
そのオキレイな人間はこどもだった。聡明かつ純真。劣悪な環境で育ちながら染まりきれず、オキレイなまま病んでのたうち回っている。
心がズタボロになった命。矛盾を孕んだままあがく命。
文句なしの逸品である。
その逸品が、なんと「ゆめまじないの魔法」を用いて、わざわざ「何か」に会いに来てくれるのだ。何度も。懲りずに。諦めずに。
どうやら「何か」を、己の実兄と勘違いして直談判しに来ているようだ。
もちろん「何か」は喜んで接待した。
化けて騙して適当なそれっぽい言葉をこねくり回して操って、さりげなーく深淵にご招待。
「ゆめまじないの魔法」効果が切れるまで、絶望に泣くこどもを思うさまグッツグツ。
気枯れようと気にせずグッツグツグツ。まだイケる。まだ粘る。まだまだ出汁は出る!
ヘイ! ようこそスペルモル少年!
大切なカイゼリンと大好きなカイザル、どっちも守りたいよねー?
でも、カイザルはカイゼリンを殺したかったんだ!
破滅したのは自業自得のくせに、妹のせいだって逆恨みしてるんだよ! 見苦しいよね!
それでも、おにーちゃんが哀れなんだぁ? 君には優しかったから信じたいんだよね!
まるで宝を見るような柔らかい視線が、力強い存在感が、雑に髪を撫でる気安い手つきが、やっぱりどうしても忘れられないんだよね!
何とか仲直りしたいねー? そんな君には、こんな感じで…
どうよ?
はっはー! うんうん、美味しい、美味しい! 今回も良い出汁とれたぜー! サンキュー! あーと名前なんだっけ?
まいっか、何とか少年! まぁた来てね!
そんな感じで「何か」は調子に乗りまくっていた。
基本的に、悪意というのは元気だ。アクティブだ。エネルギーに満ちていないと悪感情の煮凝りなんてやっていられない。他人から奪い取ってでも自分だけは元気。
歪みに歪んだ最期は虚無に還ると知ったところで「今は還ってないしー? てか還るからって何なのさ? とっくに堕ちてどうにもならんから、こうして今を楽しませてもろてますぅ」のスタンスでやっている。
恐怖を歪ませている以上「無敵の存在」なのである。
あと、不死。
びっくりするほど無くならない。
創世神と同年という可能性がある。創世神なんて居ないけど。
そんな「何か」だが、いわゆる「ざまぁ」される時が来た。
獲物と見做していたスペルモル少年には、双子の姉以外に味方はいない…はずだった。
ところが、いつの間にか少年には、加減を知らない女神たちが7柱(+眷属1名)も寄り添っていた。洒落にならん保護者軍団が結成されていたのだ。
双子の姉であるカイゼリン以外に、「奇跡の虹髪」アウローラ。「聖剣の騎士」レルム。「チート・ヒロイン」アンナ。「はじまりの女神」ヒュプシュ。「凪の聖女」ヴィルヘルミナ。「穢れの付喪神(浄化済)」カイザル。あと、魔道具の眷属。
女神といえど、眷属といえど、元は人間である。
たいていの哺乳類…動物の親と同じく、幼体を害した敵には容赦しない。可能な限り安全な環境で育てたいので。
「仕留めねば」なのである。
後先考えた結果、「やっぱ仕留めねば」に至る。
どうであれ後始末はおとなの仕事。どっちの意味でも「ヤるしかねぇ」。
この物語は、「何か」が、ザマァにギャフンで材料になったあげく虚無に還された結果、厄介な事態を招いて後始末に奔走する羽目になった女神たちの因果応報大掃除フィクションです。




