君に言いたい
城の中に入ると、ダイヤが言っていた通り雨がポツポツと降り始めた。
「さっきの話だけど…、」
僕がテオに話しかけようとすると、テオは僕の手をパンッと跳ね除けた。
「ごめん、さっきのは無かったことにしといて。」
テオはそう言うと、彼の部屋に入ってしまった。
僕は、それを追いかけるわけでもなく、彼の背中を見ていた。
ダイヤに紅茶を持っていこう。
ふと見た時計が昼の三時半を指していた。
キッチンでお湯を沸かして、カップを準備する。
第二土曜日のアフタヌーンはクチナシのカップにレモンティー。
湧いたお湯に茶葉を入れて、レモンの瓶を取り、ティースタンドにケーキを積んで、ワゴンに乗せる。
ワゴンを押して、ダイヤの部屋に向かうと、中からアルクス様の声が聞こえる。
何の話をしているのだろう。
僕はあまり良くないとわかっているが、扉に耳をピタッと付ける。
「…これで決まったから、もう手続きも済んでいるし、みんなから了承を得ている。」
アルクス様の声が聞こえる。
「納得ができない。俺抜きで決めたのか。」
ダイヤの怒った声も聞こえる。
「君が参加すると、話が進まない。」
「アル、もう一度考えろ。クロムとアリスのことを考慮した上での決定なのか。」
「…。」
「お前は国王である前に、二人の父親だろ。」
「…。」
「俺との契約内容を覚えているか。」
ダイヤの声がどんどん強くなっていく。
怒りに混じる悲しい音。
アルクス様の声は聞こえない。
「…、ニーニャ、入ってきていいぞ。」
その声にゾクッとした。
ドアは開けていない、音も立てていない、なのにどうして―――。
僕は言われた通り、ダイヤの部屋に入る。
「失礼します。」
「ニーニャ、待たせてしまったね。すまない。
じゃあ、僕はここらへんで。」
アルクス様は僕に優しく微笑むと、部屋を出ていってしまった。
アルクス様が出ていくと、ダイヤは机に肘をついて、ため息をつく。
「紅茶持ってきたよ。」
「ありがとうな。」
ダイヤは僕の頭を優しく撫でた。
いつものダイヤに戻っている。
ダイヤの机に持ってきたものを置いて、ダイヤに問いかける。
「どうして、部屋の前に僕がいるってわかったの?」
「この城は、俺が動かしているからだ。」
「動く?止まってるよ。」
「お前はその指輪をしているから、わかりにくいかもしれないけれど、この城はいくつもの空間が行き来しているんだ。この城を守るためにな。
ドアを開けて、部屋につながるのは俺の魔法のおかげなんだぞ。」
「この指輪、そんなにすごいものだったんだ。」
「そうだぞ、大事にしろよ。
俺はこの城の空間魔法に、俺の魔力の約八割を割いている。この城のどこに誰がいて、何をしているかまですべて見えている。」
「あれ?じゃあ、僕が小さいときに何処かに隠れて泣いていたのも、全部見えてたの?」
「お前の指輪は特別だ。俺の半径五メートル以内に入らなければ、俺からお前の姿を魔法で感知するのは不可能だ。」
「五メートル…、まぁまぁ近くないと見えないんだね。」
「十分だ。常に見ていなくても、最近はお前の行動パターンを読める。」
「行動パターン…どうやって?」
「お前が思っている以上に、俺はお前を見ているぞ。」
ダイヤは、いたづらそうに笑う。
その言葉に、僕は少し嬉しくなった。
この城に来る前の空白の五年間を、ダイヤが埋めてくれている実感がある。
僕もダイヤのこと、もっと知りたい。
テオが城にきてから約一ヶ月。
相変わらず、ダイヤとテオの仲は悪いようだ。
せっかく同じ城にいるのだから、仲良くしてほしい。
なにかいい案は無いだろうか。
そんなことを、先生に相談してみた。
「どうすればいいかな。」
「彼らなりの事情があるんですよ、きっと。気長に待ってみてはどうですか。」
「やっぱり、こういうのって時間が解決してくれるのかなぁ。」
「小さなきっかけがあれば、もっといいかもしれないですね。」
「小さなきっかけ…。」
うーんと考えていると、今度は先生の方から話し始めた。
「実は、ニーニャに言っておかないといけないことがあるんです。」
「何?」
「この城に務めている五十五歳以上の者は、退職するということになったんです。」
「え、」
「なので、あなたとお仕事できるのは、あと半月なんです。」
「でも、どうして…。」
「そのように決まったそうなんです。」
「もう、会えないの。」
「会えないわけではないですよ、大丈夫です。」
先生は、一枚のメモを僕に渡す。
そのメモに書いているのは、どこかの住所。
「私の家の住所です。妻と息子家族と住んでいます。もし、私の助けが必要なときいつでも来てください。」
僕は言葉が出ない。
六年も一緒にいた先生との別れが寂しいのだ。
涙はどこかにおいてきたはずなのに、なぜかまた僕の目に戻ってきていた。
先生は僕に目線を合わせると、優しく僕の頭を撫でた。
「永遠の別れではありません。毎日来てくれたってかまいませんよ。」
先生の目にも涙が溜まっている。
「というか、先生五十五歳以上なんですね。もっと若いと思っていました。」
「え!本当ですか!お世辞であっても嬉しいです!」
涙を拭う僕の隣で、嬉しそうに先生がはしゃぐ。
半月後、先生やステラさんなど僕がお世話になった方々が退職することになり、みんなで見送った。
今日のダイヤは、ずっと不機嫌だ。
最後に先生と握手するときも、先生の問いかけに頷きくだけだった。
けれども、ダイヤは先生の手を強く握って話さない。
「心配ありません、いつでも私のところに来てください。」
「…、説得できなかった。すまない。」
「誰も悪くないですよ。私は後悔していません。」
「もう、戻れないもんな。」
「ニーニャ、ダイヤを頼みますよ。」
「はい。」
先生の姿が見えなくなっても、僕は門の前に立っていた。
僕が感じていた悪い予感はこれではない。




