静かな戦い
テオが城に来てから約一年。
彼もだいぶ城の生活に慣れてきたようで、僕の仕事やオルターさんの手伝いをしてくれている。
テオとダイヤの交流はやはりないが、お互いの音が安定しているから大丈夫だろう。
朝食が終わってクロム様と遊んでいると、最近来なくなっていた客が来たのだ。
大きな黒い車が城の正面門にやってくる。
客の使用人が車のドアを開けると、緑のドレスに身を包んだ茶髪の女性と、同じ髪の色の少年が二人、少女が一人車から降りてきた。
車の音に気づいたのか、アリス様を抱いたアルクス様が部屋から出てきた。
「クロム、こっちにおいで。」
アルクス様がクロム様を呼んだので、僕とテオもついて行った。
緑のドレスの女性がアルクス様に会うと、ゆっくりと膝を曲げ、挨拶する。
「彼女はララ、クロムとアリスの新しいお母さんだよ。」
アルクス様が紹介をした。
「あなたがクロムさんね、よろしく。この子達はあなたの新しい兄弟よ。」
少年二人と、少女も小さく挨拶をした。
クロム様より歳は上のようだ。
少年は、ノクスとフェル。少女はルゥというそうだ。
「こんにちは、今日からよろしくね。」
ララは僕に握手を求めるように手を差し出す。
僕もそれに応えようと、手を出そうとする。
すると、テオが僕の手をとめた。
ララとの握手をキャンセルされてしまったのだ。
テオは、ララを睨んでいる。
「まぁ、緊張しちゃうわよね。ごめんなさいね。」
ララは僕達に微笑むと、アルクス様に耳打ちする。
その声を僕は聞き逃さなかった。
”使用人は、全員追い出してって言ったじゃない”ララはそう言っていた。
理解できたはずなのに、僕の頭は理解することを拒否している。
先生たちが出ていったのは、こいつのせいだ。
”あの子達は使用人じゃないよ”アルクス様が小さく返す。
僕が感じていた嫌な予感はこれだ。
アルクス様は、アリス様をオルターさんに預けると、新しい家族たちに城を案内していた。
「あんなの、お母さんじゃない。」
クロム様が呟く。
「大丈夫ですよ。クロム様には僕達がいます。」
「せや、あんなんクロム様のお母さんどころか、人間かどうかも怪しいわ。」
「どういうこと?」
「んー、うまく言えへんけど、この状況が良くないってこと。」
たしかに、テオの言っていることは間違いではない。
でも、この状況は僕達ではどうしようもないのだ。
それから、新しい家族との新しい生活が始まってしまった。
新しく来た人たちから、僕やテオ、クロム様に対するちょっとした嫌がらせが始まったのだ。
もちろん、アルクス様やオルターさんの目につかないところで。
足をかけられても、無視されても、悪口を言われても耐えるしかなかった。
けれど、長くは持たなかった。
クロム様は、また部屋から出てこなくなってしまった。
そういえば、ダイヤが部屋から出ているのを、最近見ていない。
どこかへ出かけるときも、自分の部屋に扉を出しているのを見た。
クロム様の部屋で過ごすことが増えた。
ララ達が来て約三ヶ月、急にクロム様の部屋の扉をバンバンと叩かれた。
「出てきなさいよ。そんなところにこもっていたら、病気になってしまうわ。」
ララの声だ。
アルクス様は用事で、外に出ているから、こんなに大きな声を出しても僕達にしか届かない。
クロム様は彼女に怯えている。
「黒猫と狐も中にいるんでしょ。みんなで外で遊びましょう。」
今、出ていけば何をされるかわからない。
早く何処かへ行ってほしい。
そう思ったとき、聞き慣れた靴の音が聞こえる。
少し底の高い革靴の音。
「お嬢さん、何してるの?ここは、物置だよ。」
いつもより低いダイヤの声。
靴の音からも身長が高くなっていることが分かる。
「物置?ここは、クロムさんの部屋よ。」
「そう思うなら、開けてみな。」
僕の心臓が止まりそうだった。
クロム様を僕の後ろに隠して構える。
………。しかし、ララが入ってくることはなかった。
「ホント。ここ物置ね、間違えちゃったみたい。」
「だから言ったじゃん。」
「じゃあ、クロムさんの部屋教えてくださる?」
「彼の部屋は、常に移動している空間の中にあるから、正直どこかはわからないよ。」
「あら、そうなの。詳しいのね。」
「長くこの城にいるからね。」
「あなた…、いいわね…。私が相手してあげてもいいわよ。」
「それは、どういうことかな?」
「そのままの意味よ。」
「…。申し訳ないが、こっちは妻子持ちだ。」
「あら、残念。でも、いつでも待ってるわ。」
高いヒールの靴の音がどんどん遠くなって、ほぼ聞こえなくなったとき、コンコンコンとノックが聞こえ、ダイヤがクロム様の部屋に入ってきた。
僕は安心で全身の力が抜けてしまった。
「お前ら、大丈夫だったか。」
ダイヤは、僕とクロム様に駆け寄る。
テオは、僕達から少し離れた。
今までにされたこと、耐えてきたことを全てダイヤに話した。
「なるほどな、よく頑張ったな。」
ダイヤは、僕とクロム様の頭を撫でた。
「テオ、」
ダイヤに名前を呼ばれたテオは、驚くと同時に怯えて震えたいた。
そんなテオの頭を、ダイヤはポンと撫でた。
「ニーニャを守ってくれてありがとう。」
テオはコクリと頷いた。
「さて、じゃあ俺はお前らのために頑張るとするか。」
「何を?」
「対抗するには、仲間を増やさないとな。いつ何が起きても対処できるようにする。
うまくいくかは、わからないけどな。」
ダイヤに話したことで、僕の気持ちが軽くなった。
テオとダイヤの関係も、前より良さそうで何よりだ。
「てか、ダイヤって妻持ちだったんだ。」
「嘘だよ。」
ダイヤはクロム様の額を軽くチョップした。




