終わりの場所
僕は、35歳。独身。彼女なし。
趣味は、フィギュア収集とゲームと、それから、週末の早朝に公園で一人、ポケカをすることだ。
「結婚してない人は、未熟者」
ネット掲示板で見たその言葉が、僕の心をざわつかせる。
小学生じゃないんだから。そう思いながらも、鏡に映る自分を見て、また深くため息をついた。
周りの同級生たちは、とっくに結婚し、子供を持ち、家族サービスに追われている。
彼らは「大人」で、僕は「子供」なのだろうか。
会社の同僚に、結婚しているのに毎週末のように「ポケカ」に興じている男がいる。彼は、みんなから「いいパパ」と呼ばれ、羨望の眼差しを向けられている。
なぜだ。
僕がやれば「キモい」と言われるのに、彼がやれば許されるのか。
結局は、結婚しているか、していないか。それが、世間の評価の全てなのだろうか。
大学卒業後、僕には何度か結婚のチャンスがあった。
でも、そのたびに、踏み出す勇気がなかった。
「もし、子供が僕に似て、オタクになったらどうしよう」
「もし、僕の趣味を理解してくれない家族ができたら、どうしよう」
そんな不安が、僕の足を止めた。
僕は、他人を惹きつけることができない、未熟な存在なのだろうか。
ある休日、僕はいつものように公園に向かった。
誰もいない。
いや、いる。
ブランコに座っている、見慣れない男。
僕と同じようなリュックを背負い、手に持っているのは、ポケカのデッキケース。
その男は、僕に気づくと、少しだけはにかんで言った。
「もしよかったら、一緒にやりませんか?」
僕は、少し驚きながらも、彼の隣に腰を下ろした。
その日、僕たちは何時間もポケカをした。
彼は、僕より少し年上のようだった。
「僕も昔は、独りでした。結婚してからも、なかなか趣味を理解してくれる相手がいなくて」
彼はそう言って、寂しそうな顔をした。
「でも、子供が生まれて、少し変わりました。この趣味は、僕だけのものじゃなくなった。いつか、この子と一緒に、ポケカができたらいいなって」
彼の言葉に、僕は何も言えなかった。
その日を境に、僕たちは公園で会うようになった。
彼は、僕にとって、初めての、そして最高の「趣味友」になった。
結婚しているか、していないか。そんなことは、どうでもよかった。
僕たちは、ただ、同じ時間を共有する、かけがえのない存在だった。
ある日、彼から連絡があった。
「今度、家族で遊びに来ませんか?」
僕は、迷った。
彼の家族は、僕をどう思うだろう。
「キモい」と、白い目で見るかもしれない。
それでも、僕は、行くことにした。
彼の家に着くと、笑顔の妻と、元気な子供たちが出迎えてくれた。
子供たちは、僕が持っていたポケカのデッキケースを見て、「わー!すごい!」と目を輝かせた。
その笑顔を見て、僕は心の底から安心した。
僕という人間を、ありのままに受け入れてくれる人たちが、ここにいた。
「結婚していない人は未熟者」
その言葉は、もう僕を縛り付けていない。
僕は、僕の人生を、僕なりに歩んでいけばいい。
そして、いつか、僕と同じように、この広い世界で、一人で生きている誰かと出会うために。
僕は、僕のままで、ここにいる。
それが、僕にとっての、人生の始まりの場所なのだ。