終わりの始まり
「結婚しているから無理」
その一言が、俺の人生を止めた。
スマホの画面に表示されたメッセージを、何度も何度も読み返す。
頭の中では、数時間後の告白の言葉を何度もリハーサルしていた。予約したレストランの窓から見える夜景。グラスに映る彼女の笑顔。そして、震える声で告げる「好きです」。すべてが完璧なはずだった。
でも、すべては俺の頭の中だけの話だった。
「くそビッチが」
そう呟いて、スマホを床に投げつける。
怒りが込み上げてきた。悲しみなんて、もうとうに消え失せていた。
なんでだ。なんで俺なんだ。
高校で同じ部活に入って、ラインを交換した。大学1、2年の頃は、週に3、4回もボイスチャットでゲームをしていた。
「好き」だなんて言葉は一度も交わさなかったが、あの時間は紛れもなく、俺たち二人のものだった。
就職活動が始まって、彼女から「連絡控えるね」と言われた時も、俺は信じて待っていた。
就職して、仕事が落ち着いたら、また連絡しよう。そして、今度こそ、俺たちの関係を進めよう。そう、固く心に誓っていた。
2年ぶりに連絡を取った。
最初はぎこちなかったが、すぐにあの頃の雰囲気が戻ってきた。
「今度、ご飯でもどう?」
そう誘うと、彼女は快く承諾してくれた。
ああ、やっぱり両思いだったんだ。そう確信した。
それなのに。
「結婚しているから無理」
なぜ、そんな大事なことを教えてくれなかった?
俺は、お前をストーカーみたいに探るゴミじゃない。だから、お前のSNSを隅から隅まで漁ったりしなかった。
信じていたんだ。お前との間に、信頼関係があるって。
「ワイ以外と結婚しても楽しくないやろ」
気づけば、そんな独り言を呟いていた。
俺と同じ趣味を持つ人間なんて、そう簡単に見つかるわけがない。
お前を幸せにできるのは、俺だけだ。
そう思っていたのに、彼女は、俺の知らない場所で、俺の知らない男と、家庭を築いていた。
「小学校幼なじみらしい」
共通の友人から聞かされた言葉が、俺の心をさらに深く抉った。
俺の知らない、彼女の過去。俺の知らない、彼女の今。
俺は、いったい何を見ていたのだろう。
俺が信じていた「両思い」は、ただの幻想だったのか。
俺が信じていた「絆」は、ただの自己満足だったのか。
結婚していることを教えてくれなかった彼女も悪い。でも、それ以上に、2年間、何も行動を起こさなかった自分自身が、一番憎かった。
逃げたんだ。告白する勇気もなく、ただ、待つことしかできなかった。
「就活のために連絡を控える」という言葉を、都合よく解釈して、何もしなかった。
彼女は、俺が逃げている間に、自分の人生を、自分の手で掴んでいたのだ。
俺の物語は、今日で終わった。
完璧なはずだった告白は、永遠に幻になった。
レストランの予約をキャンセルする。
画面を操作する指が、ひどく震えている。
終わりの始まり。
俺は、今日、たった一人で、鬼ごっこを終えた。