空気という名の幸福
僕は、今日もまた、会社を休んだ。
ベッドの中で目を閉じると、昨日の出来事が鮮明に蘇る。
「あいつ、マジでキモいんだけどw」
「ねえw近くにいるよw」
「え、マジwやば聴こえてたかなw」
笑い声が、耳の奥にこびりついて離れない。
僕の名前を口に出して、笑いながら悪口を言う彼女たちの声。
ああ、やはり気のせいではなかった。僕は、本当にこの職場の異物なのだ。
どうしてこうなってしまったのだろう。
僕だって、最初から嫌われたかったわけじゃない。
入社したばかりの頃は、できるだけ明るく振る舞おうと努力した。
でも、話しかけられても、うまく言葉が出てこない。「あ、はい」としか言えず、会話はすぐに途切れてしまう。
自分でも、どうしたらいいのか分からなかった。
「会話ができてなかったから」
「オドオドしてるから」
ネットの掲示板で言われた言葉が、頭の中を駆け巡る。
その通りだ。僕のコミュニケーション能力の欠如が、すべての原因なのだ。
僕が、彼女たちに「キモい」と思われるような振る舞いをしてきた。
僕は、これまでもずっとそうだった。
幼い頃から、オドオドして、うまく話せない。
だから、いつも一人だった。
「きっと、環境を変えればうまくいく」
そう信じて、何度転職しただろう。
でも、どこへ行っても、同じことを繰り返す。
一度嫌われたら、挽回はできない。
近寄れば後ずさりされ、業務上の会話ですら、嫌な顔をされる。
「早く辞めてほしいんだろうな」
僕がいなければ、この職場の雰囲気は、もっと良くなる。
それは、悲しいけれど、事実だ。
僕は、もう疲れ果てていた。
どこへ行っても、何をしても、結局は同じ。
「どうせ、どこへ行っても嫌われる」
そう思うと、もう何もする気になれなかった。
でも、僕は、このまま終わるわけにはいかない。
ボーナスをもらったら、この会社を辞める。
それが、僕に残された、唯一の道だ。
そして、次は、女の人がいない職場に行こう。
おっちゃんばかりの、無骨な、でも、人間関係のトラブルが少なそうな場所。
そこならば、僕は「空気」になれるだろう。
誰からも注目されず、誰からも嫌われず、ただ静かに仕事をこなす。
それでいい。それが、僕にとっての幸せなのだ。
僕は、ゆっくりとベッドから起き上がった。
窓から差し込む光が、目に眩しい。
「やれることは、まだある」
僕は、自分に言い聞かせた。
この会社で、僕は敗者だった。
でも、次の場所で、僕は「空気」という名の勝利を掴む。
そう誓い、僕は、ゆっくりと立ち上がった。
これは、僕の人生の、終わりの始まりなのだ。




