救いのない世界
男は、今日もまた、部屋の片隅で膝を抱えていた。
外は眩しいほどの太陽が降り注いでいるというのに、この部屋だけは、永遠に夜が続いているようだった。
インターネットの掲示板を開く。そこには、同じような境遇の男たちの嘆きと、彼らを嘲笑する言葉が溢れていた。
「どうにかして救ってやるにはどうしたらいい?」
そんなスレッドを見つけた。
「女をあてがえ」「金をやれ」「安楽死させろ」「戦争で肉壁にしろ」
辛辣な言葉が並ぶ。
ああ、そうか。僕たちは、もはや人間として認識されていないのだ。
社会にとっての異物、厄介者。
金がない。
仕事はしている。でも、どれだけ働いても、手取りは雀の涙。
この世には、働いても働いても報われない人間がいる。僕は、その一人だ。
女がいない。
一度も、女性から必要とされたことがない。
思春期に得られるはずだった承認は、僕には与えられなかった。
だから、僕は、ずっと子供のままだ。
死にたい。
でも、死ぬ勇気もない。
社会の役に立たない、誰からも必要とされない人間が、静かに消えていくこと。それが、この社会にとって最も都合の良いことなのだろう。
僕は、ずっと、誰かに救ってほしいと願ってきた。
でも、誰も僕を救ってくれなかった。
そして、その理由も、知っている。
「弱者男性は救いたい形をしてない」
誰かが書き込んだ、たった一言。それが、この世界の真実だった。
僕たちは、救いの手を差し伸べられても、それを掴むことさえできない。
自己肯定感がないから。成功体験がないから。
他人が差し伸べた手を掴んだところで、また、惨めな思いをするだけだ。
そして、いつしか、助けを求めることすら、やめてしまった。
そんな僕が、最近、唯一心安らげる場所を見つけた。
それは、近所の小さな神社だった。
誰もいない、静かな空間。
僕は、ただそこに座っている。
すると、不思議と心が落ち着くのだ。
「昔は、宗教が弱者男性の救いだった」
掲示板の書き込みを思い出す。
僕は、特定の神を信じているわけではない。
ただ、この場所の、静けさが好きだった。
この世界から、ほんの少しだけ離れた、この空間が好きだった。
ある日、僕は、その神社で、一人の男に出会った。
彼は、僕と同じように、一人でただ座っていた。
「君も、この場所が好きかい?」
男は、静かにそう尋ねた。
「はい」
僕は、たった一言、そう答えた。
それだけで、僕たちの間に、不思議な連帯感が生まれた。
彼は、僕に何も聞かなかった。
僕も、彼に何も聞かなかった。
僕たちは、ただ、そこにいるだけで、お互いの存在を肯定し合った。
救いは、女でも、金でも、宗教でもない。
ただ、同じ孤独を抱える、誰かの存在を知ること。
それが、僕にとっての、唯一の救いだった。
僕たちは、今日もまた、この神社の片隅で、静かに座っている。
互いに言葉を交わすこともなく。
ただ、そこにいるという事実だけで、僕たちの心は、少しだけ温かくなる。
この世界は、きっと、僕たちを救ってくれない。
でも、それでいい。
僕たちは、救われる場所を、自分たちで見つけられたのだから。




