終わりの場所 ②
僕は、42歳。独身。
「男は40歳からがモテる」
若い頃、そう信じて疑わなかった。20代の頃は、金もなければ、社会経験も浅く、当然モテなかった。でも、いつか金と経験を積めば、自然とモテるようになるだろうと、根拠のない自信を持っていた。
しかし、現実は甘くなかった。
僕には、金もなければ、人脈もない。会社の部署では「おっさん」と認識され、飲み会に誘われることもなくなった。
ふと、電車の中で若いカップルが楽しそうに話しているのを見ると、彼らの眩しさに目を細めてしまう。
彼らこそが、今を生きる「強者」なのだろう。僕のような、人生のレールから外れてしまった人間は、ただその光を遠くから見つめることしかできない。
ある日、会社の同僚が言った。
「40過ぎて独身って、なんか人間として欠けてる気がしますよね」
悪気のない、純粋な言葉だった。
僕は、何も言い返せなかった。
彼は、大学時代から付き合っていた彼女と結婚し、すでに子供もいる。
僕が一人でゲームをしたり、趣味に興じたりしている間に、彼は着実に「普通の人生」という階段を上っていたのだ。
「モテる奴は、ずっとモテる。モテない奴は、ずっとモテない」
誰かの言葉が、頭の中でこだまする。
僕の人生は、ずっと「モテない」のままだ。
20代の頃、30代の頃、そして40代になった今も。
容姿も、金も、地位も、何もかもが中途半端な僕は、誰にも見向きもされない。
そんな僕を、唯一必要としてくれる場所があった。
それは、会社帰りに立ち寄る、小さな定食屋だった。
「いつもの、大盛ね」
僕の顔を見ると、店のおばちゃんは笑顔でそう言ってくれる。
たったそれだけのことなのに、僕は心が温かくなるのを感じた。
ある夜、いつものように定食屋のカウンター席に座っていると、おばちゃんが言った。
「あんたも大変だね。いつも疲れた顔して」
僕は、少しだけ驚いた。自分のことを、そんな風に言ってくれる人なんて、もう何年もいなかったから。
「でも、ちゃんとご飯食べて、偉いね」
その言葉が、僕の心の奥底に染み込んでいく。
僕が、誰にも必要とされない「存在価値のない人間」だと思っていたのに、このおばちゃんは、僕の存在を認めてくれた。
男は、金や地位や容姿でモテるのかもしれない。
でも、僕が本当に求めていたのは、そんなものではなかった。
ただ、誰かに、必要とされたかった。
誰かに、認められたかった。
僕の人生は、何一つ変わっていない。
今日も僕は、この小さな定食屋で、一人、ご飯を食べる。
でも、もう寂しくはない。
ここは、僕が帰るべき場所。
僕の人生に、ようやく見つけた「終わりの場所」なのだ。




