11: わたしの存在価値(エルドラ国王女視点)
「わたしは、フリージア・ヴァル・エルドラなのよ!エルドラ国の第三王女よ!?みんなに愛される存在なんだから……!」
それなのに、なんでこんなことに……?!
わたしの輝かしいはずたった未来はその日、ガラガラと音を立てて崩れてしまったのだ。
***
わたしが産声を上げたその日、父であるエルドラ国王は「また女か」とため息をついたそうだ。わたしの上にはすでに兄がひとりと姉がふたりいたので父が望んていたのは兄のスペアとなる男児だったのにわたしがその期待を裏切ったからだ。
喜ばれはしなかったものの、産まれてからしばらくは末っ子だとそれなりに可愛がられた。だが、それも数年で終わりを告げてしまった。
若い側室が男の子を産んだのだ。
王太子は兄だがスペアの王子は多いにこしたことはないと、その子はとてもとても可愛がられ父の愛を独り占めした。さらにその側室は2年後、男の子と女の子の双子を出産。この国では双子は縁起がいいからと父は心から喜んで第四王女のこともとても可愛がっていた。
末っ子でもなくなり、男児ですらもなく、勉強もそこそこだったわたしは優秀なふたりの姉が目立つほどに父から存在を忘れられていく気がした。
でも、10歳の誕生日の時にこう言われたのだ。
「お前は美しくなってきたな。もっと美しくなりなさい」と。
わたしの見た目が美しいと誉められた。今から思えば、父に面と向かって誉められたのはその時が初めてだった気がして、それからわたしは美しいものが大好きになった。人でも物でも美しいものを側に置くと心が安らぐのだ。
わたしが美しくなればなるほど父はわたしを誉めてくれる。欲しい物もなんでも与えてくれて優しい言葉もかけてくれた。お父様がわたしを見てくれるのが嬉しかった。
「美しいお前は愛されるべき高貴な存在だ。お前ほど美しければどんな国の王子ですらも必ずお前の虜になることだろう。なぜならお前にはその価値があるのだから」
産まれた時こそ落胆されたが、今はこんなに父に愛されていると思うと幸せだった。お父様はわたしはとても美しくて、みんなに愛されるべき高貴な価値ある存在なのだと教えてくれたのだ。美しいわたしには美しい相手がふさわしいのだと。そう言われ続け成長したわたしはそれこそが真実なのだと思っていた。
そしてお父様がこう言ったのだ。
「お前にふさわしい相手を見つけた」と。
そうしてお父様が話を纏めたという相手と顔合わせをするためにラース国にやって来た。所謂政略結婚なのだろうが、ラース国はこの数年で発展途上国としてとても有名な国だ。これまで隣同士でありながらあまり交流がなかったがお父様はこれをきっかけにラース国の内情を手にしたいようだった。
そしてわたしの結婚相手となるのはハルベルトと言う名前の第二王子らしい。優秀で将来有望らしいが、本当なら王太子の方が良かったのに、と思っていた。ラース国の王太子はとんでもなく美形らしいからだ。だがすでに婚約者がいるらしい。わたしの美しさなら略奪なんて簡単だと思うのだが、さすがにその相手が倭国の皇女となれば仕方がない。倭国は野蛮な国で敵に回すと厄介らしいからだ。それでも第二王子にはちょっと期待していた。顔は見たことないけど、王太子が美形ならその弟だってもちろん美形だろうと思ったから。
だが、その期待は大きく裏切られた。第二王子は地味な髪色と、濁った瞳をした色白のそばかすだらけの男だったのだ。こんなの詐欺だと愕然とした。第二王子がなにか言っているがまったく頭に入ってこない。こんな酷いことってある?倭国の野蛮な皇女の婚約者はあんなに美しい男なのに、エルドラ国の王女であるわたしの相手はこんな地味王子だなんて!
わたしが静かに怒りを感じていると、キラキラと輝く髪が視界の端にうつった。
「弟のオスカーです」
そこには王太子にそっくりの第三王子が立っていた。わたしが慌てて挨拶をすると、オスカーはにっこりと微笑んでくれたのだ。
王太子にそっくりな容姿なのに、雰囲気の違う可愛らしい笑顔。わたしはその瞬間にこの人に決めることにした。ラース国の王子と結婚すればいいんだから、どうせなら美しい相手がいいもの!
「オスカー様には婚約者はいらっしゃるの?」
そばかす王子を無理矢理押し退け、オスカーに顔を近づける。わたしの美貌を間近で見ればすぐに魅了されてくれるかと思ったがオスカーは頬を染めることもなく平然としていた。どうやら女に慣れてるようだ。こんなに美形じゃ当然か。あぁ、やっぱり婚約者がいるのね。がっかりしたがその相手がこの国の公爵令嬢だとわかってわたしは勝てると思ったのだ。だって、公爵令嬢なんでしょ?だったら王女であるわたしの方が地位もあるし、きっとオスカーなら美しいわたしの価値をわかってくれるはずだ。
「こんな第二王子との婚約なんて嫌だわ!わたしはオスカー様と結婚したいのよ!」
わたしはそばかす王子を指差し、散々その見た目を貶してやった。わたしに一目惚れでもされてオスカーとの間を邪魔されてはたまらないからその見た目では決してわたしは手に入らないのだとわからせてやらなくてはいけないもの。それにこの国はエルドラ国と友好関係を築きたくて婚約を申し込んだはずなんだから、わたしにふさわしい相手を差し出すべきなのだ!
国王は困った顔をし、王妃は眉根にシワを寄せていたが構うもんですか。エルドラ国からついてきた使者たちも顔色を悪くしているけどこいつらはわたしには逆らえないから問題ない。だってお父様がわたしは美しいからなんても許されると言っていたんだから!
こうしてわたしは第二王子との婚約を無事に破談にしてやったのだ。あのそばかす王子は特に何も言ってこなかったがきっと内心は悔しがっているだろう。でもそれは、美しくない自分が悪いんだから諦めてもらうしかない。
すぐにでもオスカーの婚約者になりたかったが、公爵令嬢が邪魔だった。そんな女なんて王命ですぐ婚約破棄にしてくれって言ったのに国王は首を縦に振らないなんて失礼なんだろう。こうなったらわたしの実力で奪い取ってやるしかない。たからわたしは国王にそれなら留学を認めろと詰め寄り無理矢理オスカーの通う学園に転入した。
気が付くとオスカーはいつの間にか部屋からいなくなっていた。せっかくわたしが婚約者になってあげようとしてるのに、どこへ行ったのかしら?
学園でオスカーを探したらすぐ見つかったが、なんてことだろう。オスカーは婚約者とは違う女をすでに侍らせていたのだ。スタイルは確かにいいみたいだけど、所詮男爵令嬢でしょ?わたしの敵じゃないわね。それに酷い香水の匂いだわ、こんな女とべったりくっついて歩けるなんて嗅覚がおかしいのだろうか。オスカーって女の趣味が悪いのかしら?まぁいいわ。すぐに矯正してあげるから。どのみち男爵令嬢風情ならせいぜい愛人止まりだろう。ならば、まずは公爵令嬢を泣かせてやろうと思った。わたしの美しさを知ったら、きっとすぐに負けを認めて自分から婚約者の座を明け渡してくるはずだもの。
オスカーに改めて自己紹介すると、オスカーは照れ隠しなのか「はじめまして」と言ってきた。
あぁ、そうか。オスカーはあの場からいつの間にかいなくなってたからわたしが第二王子との婚約をやめたのを知らないんだわ。さすがに兄の婚約者を横恋慕するなんて堂々とできないものね。だから「婚約は破談になったので安心していいのよ」「もうお兄様に遠慮する必要はないのですわ。自分に素直になって」と誤解を解いてあげた。
しかしなぜかオスカーはいつも曖昧な返事ばかりする。いつもならこんなに自分から積極的にいかなくても周りがちやほやしてくれるので少し恥ずかしかったのに!と憤りも感じたが、もしかして嬉しくて戸惑っているのかしら?と考え直した。女慣れしてるかと思えばウブな一面もあってさらに気に入ったわ。男爵令嬢が邪魔だったけどこれも恋のスパイスよね。
とりあえず男爵令嬢とは暗黙の了解で協定を結んだ。まずはオスカーの婚約者の座に居座っているあの公爵令嬢をどうにかするのが先だったからだ。だから男爵令嬢とは交代で公爵令嬢をいじめてやったのだ。隣国からやって来た王女に嫌がらせをする公爵令嬢なんて噂が飛び交えば、オスカーもあの女にすぐに愛想をつかすだろう。
いつも平然としているあの公爵令嬢はほんとうにムカつく。オスカーにどんな女なのかを聞いてみたらとんでもない女だとわかった。虫が寄ってきそうな髪に、不気味な色の瞳をした生意気な公爵令嬢。なんでも珍獣をペットにしているらしいが、犬を使ってオスカーの気を引こうなんてとんだ策士である。
でも、オスカーの口から出てくるのはどう聞いても公爵令嬢を悪く言っている言葉ばかりなのになんでオスカーの瞳はあんなに輝いているんだろうか。そうか、よほどあの公爵令嬢が嫌いなのね。だから悪口を言うのが楽しいんだわ。男の愚痴をちゃんと聞いてあげるのも良い女の条件よね。と、わたしは日がとっぷりと暮れるまでオスカーの愚痴を聞き続けた。
それにしてもオスカーったら、わたしに指いっぽん触れてこないなんてやっぱり兄の元婚約者でエルドラ国の王女だと言うことを気にしてるのだろうか。わたしたちってまるでロミオとジュリエットのようだと思った。
こうして今日もオスカーはわたしとふたりきりでいるのに、その口を開けば「セレーネが」と公爵令嬢の悪口ばかり。せっかくオスカーが婚約破棄を訴えてるのに公爵令嬢はそれを嫌がるらしい。どこまで悪足掻きばかりする女なんだろうか。往生際が悪いなんてみっともないと思わないのかしら?
その公爵令嬢のせいでまったく進展しない状況にイライラしてきた頃。そのすべてが一変する。
その日はオスカーと公爵令嬢が学園に来なかったのだが、ただそれだけなのになぜか学園内の空気が違う気がしたのだ。
不穏を感じながら遠目に男爵令嬢の姿を確認するが、やはりひとりだった。もしかしたらオスカーになにかあったのかもと思い男爵令嬢に近付こうとしたそのとき、男爵令嬢が男たちに囲まれて連れていかれたてしまった。わたしが咄嗟に物陰に隠れると、周りの生徒たちが話しているのが耳に届いた。
なんと、あの男たちは衛兵で男爵令嬢は公爵令嬢を陥れた罪人として連れていかれたのだというではないか。
急に怖くなってきたわたしはそのまま踵を返し、国王に用意してもらった高級宿のわたし用の部屋に引きこもることにした。
それから2日?いや3日ほど過ぎただろうか。何事もない静かな時間のおかげでやっと心を落ち着かせることができた。
そうよね、わたしはエルドラ国の王女だもの。たかが公爵令嬢にちょっぴり嫌がらせしただけで罪人になったりするはずないじゃないか。わたしったらなんて馬鹿なんだろう。きっと目の前で男爵令嬢が捕まった場面なんかを見てしまったからショックを受けてしまったんだろう。すると安心したからか急に空腹を感じてしまった。そういえば、ほとんど何も口にしていなかった。こんな時に侍女たちは何をしているのか。わたしがショックを受けているならすぐさま慰めるべきなのになんて役立たずなのか。と、ホッとしたのも束の間、何もしてくれない侍女たちに怒りを感じたその時になってやっと異変に気付いたのだ。
「……あれ?そういえば侍女たちがいない……」
まず、部屋の中にエルドラ国から連れてきた侍女たちの姿が見えなかった。わたしが不自由しないようにとお父様が用意してくれた優秀な侍女たちは、これまでわたしが立ち上がればすぐに側に現れていたのにどこにもいないのだ。この部屋はもちろん、侍女たちの待機部屋や風呂やトイレ、クローゼットの中にも。それに、わたしに逆らえないくせにいつも小言の煩かった使者たちもいない。
その時、部屋の扉が数回ノックされた。あぁ、帰ってきたのね。まったくこのわたしを放ってどこで油を売っていたのかしら。これはお父様に言い付けてお仕置きしてもらわくてはいけないわ。
それとも、もしかしたらオスカーが迎えに来てくれたのだろうか?そう思ったら一気に気分が明るくなった。
だってお邪魔虫の男爵令嬢は捕まったし、よく考えたら公爵令嬢が学園にこなかったのはエルドラ国の王女をいじめたと罪で罰を受けてるからかもしれない。オスカーはまだあの女の婚約者だから今度こそ婚約破棄しに行ってるのかも。きっとそうだわ!
ふふふ、まるであの女は物語に出てくる“悪役令嬢”ね。あの女を断罪して真実の愛で結ばれるなんて素敵だわ!
わたしは手櫛で髪を整え鏡をちらりと見る。少しやつれた感じが儚い雰囲気でよりこの物語を栄えさせそうだと思った。こんな時でもわたしはやっぱり美しい。
意気揚々と扉を開けた。もちろん、目尻に涙を浮かべて。だが、わたしを待っていたのはオスカーでも侍女たちでもなくこの国の衛兵たちだった。
「わたしを誰だと思ってるの?!あんたたちと違って高貴な存在なの!わたしは、フリージア・ヴァル・エルドラなのよ!エルドラ国の第三王女よ!?みんなに愛される存在なんだから……!」
わたしの腕を掴んで部屋から連れだそうとする無礼な衛兵たちに怒りを感じた。やっと邪魔者が消えてわたしとわたしにふさわしいオスカーが結ばれる時が来たのに、なんでわたしが連行されなければいけないのかと。
すると衛兵が1枚の紙をわたしの目の前に広げて見せてきた。そこには、わたしを絶望に突き落とす一文と見覚えのある父王のサインが書かれていたのだ。
「そのエルドラ国から“その者は王籍を剥奪し追放したので好きにしていい”とお達しがありました」
「うそ……」
「あなたはもう王女でも、高貴な存在でもありません。抵抗するならそれなりの対応をさせていただきます」
剣先を向けられ、さっきまでの夢見心地がいっきに冷めていく。
「ま、待って……!そうだ、オスカーに……この国の第三王子に言って!彼はわたしを愛しているの!だから、わたしの名を伝えてくれれば……」
「オスカー殿下は現在謹慎の身です。発言も行動も陛下より禁じられておられますが……取り調べのさい、オスカー殿下はあなたのことなど知らないとおっしゃられておりましたよ。あなたが王女だったことも、名前すらも記憶にないと」
「え……」
衛兵の冷たい言葉にわたしはその場に崩れ落ちてしまった。あんなに長い時間を一緒に過ごして、あんなにオスカーの話に耳を傾けたのに。と愕然としてしまう。
わたしがエルドラ国の王女であることどころか名前も記憶にないってなに?まさか、本当は婚約者が好きだとでも言うの?だったらなんで他の女に婚約者の悪口なんか吹き込むのよ……。
オスカーこそがわたしにふさわしい人だと思ったのに、名前すら覚えられていないんじゃわたしのプライドはズタズタだった。しかもお父様からも見捨てられてしまったようだ。あの手紙に書かれた一文が全てを物語っている。それは1番恐れていたひと言だった。
『お前にはもう価値がない』と。
まさかあの公爵令嬢がエルドラ国にとって重要人物で、彼女を陥れようとしたことがお父様の逆鱗に触れるなんて思いもしなかった。だってそんなの誰も教えてくれなかったじゃない。ただ、わたしは美しいから許されるのだと、わたしには価値があるのだと……。そう言ったでしょう?ねぇ、お父様────。
こうしてわたしは引きずられるように連れられ、冷たい牢獄に押し込まれてしまったのだった……。




