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第9話 贖罪という名の舞台

 八雲は一本の指を掲げ、空中でゆらゆらと揺らす。

「NONONONO。『生き残る』……それだけじゃ足りない」


 視線を急に俺へ向け、その目が底なしの闇を覗かせる。

「……お前なら、一番分かってるだろ?」


(……また、それか)


 言葉を止めず、八雲はにやりと笑う。

「お前さ、演技派だろ?」


 そう言うや、突然大げさなポーズを取った。

 両腕を大きく広げ――次の瞬間、勢いよく閉じる。

 右手で左目を覆い、左手を胸に当て、人差し指を前方に突き出す。

 背筋を反らせ、声を張り上げた。


「罪装起動、CODE――

 『俺はAIに代わってお前を裁く! ――この審判を受けろ!』」


 動きも声も、あからさまにモノマネ――いや、嘲笑に近い。

 だが、その瞳に侮蔑の色はない。

 ただ、病的なまでの真剣さがあった。


(他の奴がやったら殴ってる。

 ……でも、こいつ見てると、ツッコむ気力も湧かねぇ)


 俺は、ただ低く吐き捨てた。

「……演じたくてやってんじゃねぇよ」


(クソッ。俺の罪装、起動条件がこんなクサい台詞とか。

 AIの悪趣味、反吐が出る)


 八雲は、再び指を俺に突き付ける。

「――そう、それだ。『演出』だ」


 声が、訓練場の冷たい壁に反響する。

 骨に響く音叉みたいに、澄んだ、嫌な響き。


「観客が求めてるのは、ただの殺戮じゃない。

 お前らの得意な秒殺――」


 パンッ。乾いた音。

 八雲が手を打った。


「素晴らしい。華やかだ。一見な」


 一拍置き、彼の声が豹変する。

 両腕を広げ、まるでスポットライトを浴びた舞台役者。


「だがな――見慣れたら、飽きる!」


 一歩踏み出し、声を張り上げる。

「だからこそ! 俺たちが創るのは、『ドラマ』だ」


 視線が全員を舐める。

 手の動きが、空を切り裂くように大きく弧を描いた。


「裏切り、贖罪、友情、犠牲――観客が欲しているのは、そこだ」


 熊谷が眉をひそめ、唸るように言った。

「……何言ってんだ、全然分かんねぇ」


 八雲は肩を竦め、笑みを捨てる。

 声が一気に冷たくなった。

「学べ。『殺戮の中で観客を泣かせる術』を」


 思わず、鼻で笑いが漏れる。

「……何のために」


 その瞬間、八雲の笑顔が音もなく消えた。

 吐き棄てるように、低く言う。


「――贖罪のためだ」


 間宮が煙を吐きながら、気怠げに言った。

「……まぁ、理屈は分かる。観客に媚びりゃ票が入る。

 ランクも上がるし、ポイントも稼げる」


 八雲の指が鳴る。

 間宮を指差し、愉悦を隠そうともしない笑みを浮かべた。

「その通り! いいね、分かってる」


 胸の奥から、深い溜息が漏れる。

(……仮に、こいつの話を信じるとして――何をすりゃいい?)

「……具体的に、何をすればいい」


 八雲の目が、狂気じみた光を帯びる。

「――待ってたぞ、その言葉」

 ゆっくりとポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。

 口角がいやらしく吊り上がる。

「3W班の核は、お前だ」


 嫌な予感が、背筋を冷たく撫でた。


 八雲の指が画面を滑る。

「だからな、もうシナリオは用意してある」


 指先で最後の操作を終え、八雲が俺を射抜くように見据える。

「――明日の夜が、幕開けだ」


 訓練場の壁面スクリーンが、白い光を放った。

 青枠にスケジュールが整列する。


【明日20:00 番組:3W班 VS 6C班】

 まるで学園行事みたいな、整然とした書式。


「……は?」

 熊谷と間宮の声が重なり、互いに顔を見合わせる。


 詩音が反応した。

 眠気を切り裂くように、ぱちりと瞳を開く。

 左右に視線をさまよわせ、所在なげに瞬きを繰り返す。

 ――何をすべきか分からない子供の仕草。


「6C班……?」

 俺はスクリーンを睨みつけ、呟いた。


「――そういうことだ。明日、最高の舞台を演じろ」

 スマホをしまい、八雲は踵を返す。

 冷たい靴音。

 扉が閉じる音が、訓練場に乾いた余韻を残した。


 誰も、しばらく口を開かなかった。

 張り詰めた沈黙が、床に染み込む。


 最初にそれを破ったのは、熊谷だ。

「……フザけやがって」

 大きな手で顔を覆い、吐き捨てる。


 間宮は煙を吐きながら、半眼で呟く。

「……でも、嘘じゃない」


 俺は、詩音を見た。

 詩音も、無表情でこちらを見返してくる。

 ……ただ、その瞳が、かすかに震えていた。


(――分かってるのか? 本当に)


 熊谷が低く唸る。

「……詩音。明日が初めての審判SHOWだな」


 詩音は小さく首を傾げ、瞬きを一度。

 そして、言葉もなく、こくりと頷いた。


「――あれは殺し合いだ」

 熊谷の声は、乾いていた。


「観客に見せるのは、殺した数じゃねぇ。

 最後まで立ってることだ」


 わずかな沈黙ののち、詩音が呟く。


「……分かってる」

 その声は――氷みたいに冷たかった。

 感情の欠片もない、無機質な音。


 間宮は煙を吐き切り、細めた目で俺を見る。

「……ま、あたしたちも初めてじゃねぇ。

 やるしかねぇだろ、西園寺」


 乾いた笑いが、口から漏れた。

「……さぁな」


 詩音の視線が、わずかに落ちる。


(……分かってるのか。本当に)

 胸の奥に、鈍い重さが沈殿する。

 だが、もう何も言えなかった。


 熊谷が大きく伸びをし、立ち上がる。

「――行くぞ。夜勤サボったら、AI様に怒られる」


 重たい息を吐き、俺も歩き出す。

(……クソ、眠りてぇ)

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