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第8話 監視なき檻、演出家の独白

 移動中、誰一人として口を開かなかった。

 重い空気が肺を押し潰すみたいにまとわりつく。


 最初に声を出したのは間宮だった。

「西園寺が、あたしたちを操ってるようには見えないけどね」


 タバコを噛みながら、横目で俺を見る。


「大げさなこと言わないでさ。本音を言えば――ただ、あんたが役に立つだけ。

 あんたがいれば、演目で生き残れる」


 熊谷も、のそりと口を開いた。


「俺もそう思うぜ。八雲の野郎、あれ完全に離間策だ」

 舌打ちし、肩をすくめる。


(……これが、普通の考え方か)

(だが――自分じゃ気づいてねぇんだろうな)


(彼らは「支持」だと思ってる。

 でもそれは、俺が――「誘導」した結果だ)


 先頭を歩く八雲が、パチン、と指を鳴らした。

 ゆっくりと立ち止まり、舞台に上がる役者のように振り返る。


「――これが『リーダーシップ』だ」

 講義する教師みたいな口調で続ける。


「自信、責任感、先見性、決断力、問題分析、意思決定、問題解決、変化への対応……」

 一つ挙げるたびに、指を一本ずつ立てる。その仕草は、まるで罪状を読み上げるかのようだ。


「これらの特質が、人を信じさせ、依存させ、時に命を懸けさせる」

「要するに――操縦の極致だ」


 そう言い切ると、八雲はくるりと身を翻し、俺の胸に人差し指を突き立てた。

「そして――お前が、それだ」

「中心に立つ快感、楽しんでるだろ?」


 反射的に、その手を払いのける。

「黙れ」


 八雲は弾かれた指を軽く振り、ゆっくりと手の甲を撫でた。

 口元には、ぞっとするほど薄い笑み。


「……ほう? 否定はしないのか」

 そう吐き、肩をすくめると、また歩き出す。


 間宮が低く呟いた。

「……最低な野郎だ」


(――だが、俺だけは知っている)

(あいつの言葉は、的を射てる)


 一瞬、脳裏に閃く光景。

 群れの中心に立つ自分。

 高い声で指示を飛ばし、視線を集める。


 最初は、ただ場をまとめたいだけだった。

 そのうち――期待される感覚に酔い、

 視線を浴びることが快感になった。


「必要な役割」? 笑わせる。

 それはただの言い訳だ。


 ――いつからだろう。

 人の本音を確かめることをやめたのは。

 ついてくるのが当然、服従は義務。

 効率のために、そう決めつけた。


 ――AIが俺の「罪」を告げた、あの日までは。


(クソ……)


「――罪名、確定」


(思い出すな)



 顔に出たのか、詩音が俺の袖を小さく引っ張った。


「……その顔。普通?」

 思わず目を瞬かせる。こいつが、人の表情を気にするなんて。


「……平気だ。ただ、寝てないだけ」


 詩音は、こくりと頷く。それで納得したらしい。


 間宮と熊谷は、大きな欠伸をして会話を切った。

 俺は前を歩く八雲に声を飛ばす。


「おい、こいつら、昨日一睡もしてねぇ。無駄に引っ張るな」


 八雲は振り返り、あの腹立つ笑顔を見せる。

「おや? 同情か?」


 視線を転がし、わざとらしく柔らかい声で続けた。


「安心しろ。行き先は――

 本音を吐ける、『安全』な場所だ」


 笑いながら、毒を含ませる。

「……この時代、本音を言うのは、高級な贅沢だがな」


 辿り着いたのは、訓練場だった。

 唯一の「非撮影」エリア。


 八雲が手を広げる。

「好きなとこに座れ。リラックスしろ」


 ……とは言うが、冷たい床しかない。


 間宮と熊谷は、あっさり腰を下ろす。

 詩音も、それに倣って静かに座った。


 俺が立ったままなのに気づき、八雲が眉を上げる。


「どうした? 立ちっぱなしは疲れるぞ」


 周囲を見渡す。

 昨日と違う部屋――だが、同じ牢獄だ。


 八雲の声が、ゆっくりと這うように響く。


「そんなに構えるな。肩の力を抜け」


「……うるせぇ」冷たく返す。

「用件を吐け。こっちは労働の当番がある」


 ――罪咎コミュニティ。

 自給自足と称した強制労働システム。

 夜は、全員が「奉仕」とやらに駆り出される。


(今夜は……コンビニ番か? あとで確認しねぇと)


 八雲のこめかみがぴくりと動き、振り返る。

 芝居がかった動作で両手を掲げ、観客に呼びかけるみたいに声を張った。


「おーい、質問だ。

 ――野田の授業って、何教わってたんだ?」


 間宮は伸びをしながら、煙草の灰を落とす。

「あー? マニュアル読み上げ? つまらんし寝てた」


 八雲は目を細め、熊谷へ視線を送る。

「じゃあ、罪装とSHOWの心得は?」


 熊谷は一瞬、目を泳がせ――俺を見る。

「……全部、西園寺が回してた。野田は、何も」


 八雲は額に手を当て、わざと大げさに身を反らせる。


「あーあーあー……悲劇だなぁ。よく生きてたな」


(――芝居がかったクソ野郎め)

 思わず口を突いて出た。

「おい、昨日も一昨日も、死んだやつがいるだろ」


 八雲が、カクンと上体を起こし、

 俺の顔にぐっと近づく。


「――それだ!」

 思わず顔をそむける。


「近ぇよ」

(だるまか、お前は)


 八雲は再び身を起こし、笑みを崩さぬまま告げる。


「そう、それだ。

 お前ら、分かってねぇ――

 『審判SHOW』が何なのか!」


 間宮が、面倒くさそうに目を上げる。

「……生き残るためだろ? 違うのか」


(――結局、それが真理だ)


 斜め前で、詩音は――

 もう、うとうとしていた。


 こんな場面で眠れる奴は、

 図太いのか、心が欠けてんのか。


(……羨ましい。俺も、眠りてぇ)

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