第7話 演出家の檻、原罪の名
八雲は満足げにスクリーンを見つめ、リモコンを静かに置いた。
「観客は、こういうのを待ってるんだ」
「血、罪、告解」
「AI様の公正な審判のもと、すべてを晒し、票を稼ぐ」
「――これこそが、SHOWだ」
声は低く、冷たい残酷さを孕んでいた。
八雲が指先でスクリーンを軽く叩く。
画面は無音で暗転。
視線が、教室全体をゆっくりと舐める。
その瞳には、もう笑みの欠片もない。
「だがな」
「さっきのは、あまりに『稚拙』だった」
「観客は沸いた。票も入った」
「だが――ただの殺戮だ」
声が、氷刃みたいに冷え切っていた。
八雲は再びボタンを押す。
スクリーンが完全に落ちる。
その沈黙は、耳を裂くほど痛かった。
「――俺は『演出家』だ」
「お前らを、最高のキャラクターに仕立て上げる」
「血は、芸術のように飛ばせ」
「罪は、胸を抉るように叫べ」
「告解は、奇跡の再生みたいに演じろ」
「――すべてを舞台に変えろ」
吐息混じりの声が、毒のように低くなる。
「そうして初めて、観客は投票する」
「許しを与える」
「生きたいなら――演じろ」
ポケットからスマホを抜き取り、八雲は薄笑いを浮かべる。
黒い画面をこちらに向け、ひらひらと揺らした。
「……そして、観客に見せてやれ」
「お前らの本性を」
指先だけが動く。教室は、凍り付いたように静まり返る。
(……何をする気だ)
(今度は何を流す)
八雲が顔を上げ、スマホの画面を、俺に突きつけた。
そこに映っていたのは――訓練場の映像。
詩音が無表情で大剣を振り下ろす。
野田と霧島が、真っ二つに裂かれる。
血飛沫が視界を染める。
そして、その赤の霧の奥で――
俺は、笑っていた。
口角を吊り上げ、歪んだ笑みを浮かべながら。
呼吸が止まる。
心臓を拳で殴られたみたいに、胸が跳ねた。
(……あの時)
(俺……笑ってた?)
(覚えてねぇ。でも、この顔――)
(開いた口、光った目……俺だ。言い逃れできねぇ)
八雲はわざとスローにズームする。
スクリーンいっぱいに、血塗れの俺の笑顔が映し出される。
スマホを傾けて、俺の目線に合わせるように見せつけた。
「見ろよ……いい顔だ」
手首をひねり、まるで鏡みたいに突き出す。
その口元には、冷たい笑み。
立ち上がらずにいられなかった。
「……何が言いてぇ」
声は掠れ、喉が焼ける。
怒りと混乱で、心臓が暴れる。
八雲は一切崩れない。
スマホを指先で弄びながら、目線を合わせる。
「……もしかして」
「お前自身、演じたがってるんじゃないか?」
「本当の『自分』を、な」
針みたいな言葉が、胸の奥に突き刺さる。
意味なんて分からない。
でも、心臓を握り潰されるような苛立ちと怒気が、爆ぜた。
「……ふざけんな」
奥歯を噛み砕きそうな声で吐き捨て、背を椅子に叩き付ける。
八雲はスマホをポケットに戻し、
手を叩いた。まるで舞台の幕が下りる合図みたいに。
「観客は、お前の顔を気に入った」
「間違いなく、俺のエースだ」
「空気を壊すなよ――CODE男」
不意に、立ち上がった。
「――さて、行くぞ」
熊谷が低く問う。
「どこへ」
間宮の目も細くなる。
八雲は、演劇役者みたいに両腕を広げ、笑う。
「さあ、当ててみろ」
「……ついて来れば分かる」
熊谷と間宮が、ちらりと俺を見る。
詩音も瞬きを一度。
全員が、俺の出方を待っている。
(……結局、こうなる)
(みんな、俺を見てる)
八雲が、その思考を見透かしたように笑った。
そして、指を俺に突きつける。
「これがお前の『原罪』だ」
間を空ける。わざとじゃない。本当に告げるために。
次の言葉は、冷たい判決みたいだった。
「――お前は、人を操る」
その一言が、鉄鉤みたいに胸に突き刺さり、
奥へ奥へと引きずり込む。
胸が詰まり、呼吸が荒くなる。
殺意に近い苛立ちが沸騰した。
「……ちっ」
笑いが、喉で擦れた。
椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。
「……いいぜ」
「演じろってんなら、演じてやる」
「見せてやるよ――」
「俺が、どんな『怪物』か」
八雲の目が細まり、獲物を見る獣みたいな笑みを浮かべる。
「観客は、心待ちにしてるぞ……子羊ちゃん」
そう言い残し、八雲は背を向け、ゆっくりと歩き出した。