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第6話 監視と暴露、そして笑う神

 昨日の訓練場での「事故」――

 そのあと俺たちは、一人ずつ独居房みたいな狭い部屋に放り込まれた。


 一晩中、AIのスクリーンが同じ質問を繰り返す。

「なぜ彼を殺した?」

「故意か、過失か?」

「自分の罪を自覚しているか?」


 目を閉じる時間さえ許されない。

 響くのは、単調で冷たい声だけ。


(……これが、告解ってやつかよ)


 朝になって、ようやく解放された。

 バラバラになりそうな体を引きずり、教会の長椅子に沈み込む。


 AIのナレーションが今日の「スケジュール」を読み上げる。

 スクリーンには相変わらず観客コメントが流れていた。


【おい、CODE男、顔パンパンw】

【寝てねぇだろww】

【霧島いねぇじゃん】

【霧島ファン泣いていい】

【新人また出せよw】


(……黙れ)


 正面の巨大なAIスクリーンが、冷たい光を放ち、俺の脳を丸裸にするみたいだった。

 頭は鉛を詰め込まれたように重い。


 間宮も熊谷も口を閉ざしている。

 冗談を言う気力すらない。


 朝礼が終わり、それぞれクラスの部屋へ散っていく。

 歩きながら、詩音を見る。


 こいつも徹夜で尋問を受けたはずなのに――

 顔は、やけに落ち着いていた。


「……おい、寝てねぇだろ」

 低く問いかけると、詩音は小さく首を傾げ、こくりと頷いた。

「……昔から、ほとんど眠れなかった」


(昔?)

(……こいつ、過去に何があった)


 喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 今は聞く力もない。

 ドアを押し開けると、重い空気が流れ込む。

 霧島の席だけがぽっかりと空いていた。


 詩音が腰を下ろそうとしたとき、間宮が声を掛ける。

「おい、新人」


 詩音が無表情のまま顔を向ける。


「昨日のことだ」

「……二度とやるな」


「……やるな?」

 詩音が首を傾げ、平板な声で繰り返す。


 熊谷が面倒くさそうに息を吐いた。

「仲間を殺すなって意味だ」

「俺たちは同じクラス。演目じゃ組むことになる」

「仲間に殺されるとか、冗談じゃねぇ」


「強いのは分かってる。でも協調しろ」


 詩音は瞬きを一つ。

 理解したのか、していないのか――分からない。

 それでも、最後に小さく頷いた。

 だが、その目は虚ろで、空っぽのまま。


(……何も分かってねぇな)

(説明すんのもダルい)


 背を向けかけたとき、詩音が口を開いた。

「……感化官が言ってた。ここでの訓練は模擬戦」

「模擬なら、本当じゃない。そうでしょ?」


 軽い声。あまりに当然のことを言うみたいに。

 間宮の眉がひそみ、熊谷の眉が跳ね上がった。

 空気が数度、下がった気がした。


 振り返り、詩音の顔をまじまじと見る。

 まだ幼さを残す顔で、言葉はこう言っていた――


「本当じゃないなら、死なないでしょ?」


(……マジかよ)

(冷蔵庫に、まだ二つ並んでるんだぞ)


 喉が詰まり、声が出なかった。


 その時――

 ガタン、とドアが音を立てて開く。

 白いロングコートが翻り、一人の長身がゆっくり入ってきた。

 整えられた髪、口元の薄い笑み。

 だが、その目は冷え切っていて、すべてを査定する光を帯びていた。


 ――昨日、教壇で綺麗事を並べていた管理官。


(……あの白衣のクソ野郎)


 間宮と熊谷の肩が動く。

 詩音は、ただ首をわずかに傾げただけ。


 男は講壇へ歩み、わざとらしく咳払いをした。

 そして、両腕を広げ、芝居がかった声を張る。


「おお~おお~おお~」

「迷える子羊たちよ、こんにちは。待たせたな」


 笑みを浮かべて名乗る声は、針のように冷たかった。


「――私の名は八雲 道彥」

「AI様に選ばれし感化官長だ。お前ら罪人を――観客が愛するキャラクターに育て上げる」


 誰も声を出さない。

 八雲は自分だけが楽しそうに、口の端を吊り上げる。


「感動的だなあ」

「昨日は、大盛り上がりだったそうじゃないか?」


 空気が凍る。

 間宮も熊谷も口を閉ざし、詩音すら沈黙する。


 八雲は、いやらしい笑みを浮かべながら机に腰掛け、足を組んだ。


「感化官を真っ二つに、仲間もオマケに処理」


「――最高のショーだ」


 ポケットから、銀色のリモコンを取り出す。


「……素晴らしい。狂ってやがる」


 カチリ、と軽い音。

 スクリーンが点灯し、映像が再生される。


 訓練場の映像――

 詩音が銀の大剣を握り、無表情で構える。

 次の瞬間――

 銀光が走り、剣閃が弧を描く。

 野田と霧島が、反応する間もなく両断される。

 血がスローモーションみたいに舞い、視界を真紅に染める。


(ふざけんな……!)


(監視カメラ?撮ってねぇはずだろ)

(なぜコイツが、今ここで流す?)


 息が詰まり、視線がスクリーンに釘付けになる。

 八雲は、その変化を見逃さず、口角を上げた。

 手の中のリモコンを、くるりと回す。


「おいおい、『撮ってない』なんて、ただの口実だ」

「――アートは公開してこそ価値がある」


 ピッ。

 画面に「アップロード中」が表示され、バーが進む。


(やめろ……まさか)

(コイツ、本気で流す気か)


 ゲージが100%に達し、右上に赤いランプが点く。


「配信中」――


 コメント欄が爆発したように流れる。

【マジで斬ったwww】

【死人出てんぞオイw】

【新人バケモン確定】

【CODE男、顔映ってるw】

【霧島ファン死亡w】

【今期どころか歴代神回ww】


 教室の空気が、一瞬で張り詰める。

 息ができないほどの圧迫感。

 歯を噛み締める音が、耳の奥で響いた。

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