第4話 断罪の剣、拒まれたコード
教室を出て、無言で廊下を歩く。
頭上のAI監視カメラが、音もなく俺たちを追う。
冷たい人工光が降り注ぎ、靴音が床に乾いたリズムを刻む。
詩音が少し後ろを歩いていた。
さらに後ろに三人。誰も口を開かない。
(これで、また五人。
AI様はご満悦だろうな)
歩調を落とし、詩音と並ぶ。
後ろを一瞥し、口を開いた。
「おい。
分かってるだろ。ここに入った以上、いずれ一緒にステージに立つ」
「審判ショーじゃ、同じパーティだ」
詩音は無表情のまま、前だけを見ている。
他の三人は顔を上げ、耳を傾けていた。
「だから――
せめて仲間の罪装くらいは把握しとけ。
馴れ合えとは言わんが、足を引っ張るな」
三人は無言でうなずく。それで十分。
問題は――詩音。
一言もしゃべらず、視線は前に貼り付いたまま、感情ゼロ。
(……聞いてんのか?)
苛立ち混じりで名を呼んだとき――
詩音が口を開いた。
「……見た」
声は小さい。だが、澄み切っていた。抑揚ゼロ。
「……は?」
足が止まる。
後ろの三人も足を止めた。
詩音がわずかに首を傾け、俺を見た。
「見た。お前の戦い」
「……CODE男。みんな、そう呼んでた」
(はあ?何言ってやがる)
詩音が右手を上げる。
真似をするような仕草。だが、顔は無表情。
「……罪装起動。CODE――」
冷たく、機械的な声。
なのに、俺の台詞を完璧にコピーしていた。
「おい……ふざけてんのか。俺をバカにして――」
後ろの三人がククッと笑った。
悪意を含んだ視線が俺に向く。
壁のモニターにコメントが流れる。
【新人モノマネ芸ww】
【CODE男のネタ披露きたw】
詩音の表情は変わらない。まっすぐ俺を見据えたまま。
「……違う。かっこいいと思った」
(……は?かっこいい?冗談だろ)
(本気か?こいつ、あの殺しのショーを見て何考えてやがる)
(AIの人形か……それとも別の目的?)
喉が乾き、呼吸が変な音を立てた。
冷笑のつもりが、低い声しか出なかった。
「……お前、ほんと……分かんねぇ奴だな」
詩音は沈黙を守る。表情も変えず、ただ俺を見つめている。
しばらく視線を外せなかった。
何歳だ、こいつ。
声も顔も子供みたいなのに、目だけが氷みたいに冷たい。
「おい、そういやお前――」
言いかけたとき、
背後で重い足音が響いた。
振り返ると、野田が無言で近づいてくる。
「お前ら、ここで何やってる」
低い声が、灰色の廊下をさらに重くした。
――訓練場――
ドアが開くと、空気が一変した。
冷たいコンクリート、むき出しの鋼材。
床の振動が足首に伝わる。
(ここだけ撮影はない。「機密」だとよ)
(笑わせる。ネタバレ防止だろ。初公開の方が視聴率取れる)
野田が前に出て、冷たく笑った。
「――集合だ。今日は新人の慣らし」
「西園寺と詩音、前へ。対練だ」
(……は?)
眉をひそめ、野田を睨む。
(ふざけんな。
こいつの「罪」が分からねぇ。
相手の罪を見抜けなきゃ、俺の罪装は発動しねぇ)
「……無理だろ、それは」
野田の目が氷みたいに細まる。
「……文句あるか」
喉が詰まった。
ここで「できない」と言えば――反抗だ。
進度減点どころじゃない。単独審判か、最悪――告解室行き。
深く息を吸い、歯を噛み締める。
「……ない」
野田は鼻で笑い、腕を組む。
仕方なく、中央へ歩み出る。
詩音も音を立てずに前へ。まるで機械のような動き。
(こいつの罪は――何だ)
(AIは、何を与えた)
詩音が手を上げる。
言葉は発さない。ただ、指をひと振りした。
次の瞬間、銀白の大剣が虚空に現れた。
冷たい光を放つ刃。歪み、ねじれ、彼女の瞳を映している。
(……口にしない。なるほど、認証済みか)
(発動条件は不要……代償は後払いか)
やるしかない。
「……罪装起動。CODE――
『前進を棄てし、折れたる宿命の刃』
――この審判を受けろ。」
――何も起きない。
手は空っぽのまま。
視界が歪み、胸の奥で痛みが爆ぜた。
心臓を握り潰されるような圧迫感。
(……っ、ダメだ……)
(罪を見抜けないと起動できねぇ。
未公開タグ……完全な相性殺しかよ)
(AI……お前、狙ってやがるな)
呼吸が乱れる。胃がひっくり返り、頭が痺れる。
足が震えた。
〈AI:罪装起動失敗。告解不能〉
野田の声が飛ぶ。
「西園寺!何やってんだ、罪装はどうした!」
声が出ない。
歯を食いしばる。胸の奥がまだ焼けてる。
(……副作用か)
詩音は一切ためらわなかった。
銀の大剣を振り上げ、無慈悲に振り下ろす。
空気が裂ける音が耳を刺す。
速すぎる。脳が追いつかない。
(……こいつ、本気で――殺す気だ!)