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罪人たちのライブショー ― AI裁きのデスゲーム ―  作者: 雪沢 凛


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第34話 告解室の女

 天幕は青白く、過剰に露出したような人工の空。

 広場の石畳には、隙間から苔や水たまりが顔を出している。

 ヨーロッパ風の低い建物たち――その壁面の装飾は、今や黒ずんだ汚れに覆われていた。


 人影はまばらにアーチや柱の間を行き交い、誰もこちらを長く見ようとはしなかった。


 俺は八雲の後ろをついて歩く。

 濡れた石畳を踏みしめるたびに、靴底が音を立てる。


「……今回は、また助けてくれるんだよな?」

 探るように小声で訊く。

 まるでこの空間に聞かれたくないように。


 八雲は振り返らない。

 ただ、片手を上げて、空中にだらりと広げる。

「もう手は尽きたよ。」


 眉をしかめる。足は止めずに並ぶ。

「どういう意味だ。」


 八雲は歩きながら、ゴミでも捨てるように言う。

「観客投票だろ? AIが投票結果を公開してくれるよう、祈るしかないね。」


 壊れかけた噴水の前を通り過ぎる。

 水は濁って黄色く濁っていた。


 八雲が急に立ち止まり、俺はぶつかりかける。

 彼は横目で俺を冷たく見た。


「でも、自主参加の方は――」

 言いながら、口元に皮肉な笑みを浮かべる。

「何が出てくるか、まったく予測不能だよ。」


 そう言い捨てて、また平然と歩き出す。

 濡れた石畳が、彼の足元でぬかるむ音を立てる。


 俺はその背中を睨みながら、手のひらに力を込める。

 指が白くなるまで、強く。


(……またかよ。)

(結局、最後には自分しか頼れないってか。)

(クソ……もううんざりだ。)


 天幕の下、人工太陽がわずかに角度を変え、地面に長い冷たい影を落とす。

 顔を上げると、あの忌々しい教会のシルエットが視界に入る。

 尖塔は、偽りの空に突き刺さる針のようだった。


 告解室は側棟にあり、外壁に絡みつく蔦はすでに枯れていた。

 まるで締め痕のように、壁に黒く貼り付いている。


 入口の錆びついたプレートには、かろうじて「罪咎告解室」の文字が読めた。


 八雲は振り返らず、足も止めずに歩く。

 ポケットに手を入れて、タバコでも探すような仕草をしたが、結局取り出さなかった。


 俺は奥歯を噛みしめて、深く息を吸い、黙ってその背を追った。

 胸の奥が重く、塞がれているみたいだった。


(……クソッ、さっさと終われ。)


 八雲が扉の前で立ち止まり、上にある監視カメラをちらりと見た。

 赤い光が彼の顔をなぞり、次の瞬間、「カチリ」と低く重い電子ロックの音が響く。


 扉の隙間から、わずかな光が漏れていた。

 まるで中へ誘うように。


 彼は後ろも見ず、まるで自宅にでも帰るように当たり前の動作で扉を押し開けた。

 俺が続こうとした瞬間――

 そのクソみたいな扉の段差に、思わず足を引っかけそうになった。


 中は、一瞬で何も見えなくなるほどの暗さだった。

 扉が背後で閉まり、低い衝突音を立てる。

 まるで棺の蓋が閉まる音のようだった。


 空気はじめじめと湿り気を帯びていて、消毒液の匂いが喉を焼く。

 息苦しくて、うっかりすると咳き込んでしまいそうだった。


 耳に届くのは、自分たちの呼吸と衣擦れの音だけ。


(……やってらんねぇ、まじで。)


 しばらくして、ようやく目がこの暗さに慣れてくる。

 壁の石の継ぎ目には湿った染みが浮かび、床は墓場のように冷たい。

 廊下は狭く、両側には黒く閉ざされた扉が並ぶ――

 まるで、目を閉じた顔の列のように見えた。


 突き当たりの唯一の光は、ステンドグラスの小さな窓から。

 宗教的な図案が描かれていたが、陰影の中で色味を失っていて、ただの形だけが残っていた。


(――偽善の象徴か。いっそ壁を真っ黒に塗ればいい。)


 八雲は前を歩きながら、指先で壁をなぞるようにして、

 廊下の扉を一つずつ数えるような仕草をした。


 そして、ある一枚の扉の前でぴたりと足を止めた。


 彼は首を傾け、俺をちらりと見やった。

 その笑みは、闇に沈んで表情すら読み取れない。


「……心の準備はできた?」


 息が一瞬、喉で止まった。

 声を出そうとしたが、ひどく乾いていた。


「……何の準備だよ。」


 八雲は何も答えず、そのままゆっくりと扉を押し開けた。


 中は真っ暗。

 まるで光ごと何もかも飲み込んだ闇だった。


「バタン――」

 扉が閉まる音は重く、またしても棺の蓋のようだった。


 次の瞬間――

「パチンッ」


 頭上のライトが点いた。

 白々しいまでに強い光が、一気に部屋中を照らす。

 まるで秘密を暴き出すための尋問部屋のようだった。


 まず目に飛び込んできたのは、高背の椅子。

 やけに装飾の凝った、宗教的な模様が彫られたデザイン。

 まるで本物の懺悔室にあるような、偽善の象徴。


 だが――

 その椅子の両側には、冷たく輝く金属製の拘束具が取り付けられていた。

 金属の留め具が木に当たるたび、カチカチと乾いた音が鳴る。


 椅子には――誰かが座っていた。


 その身体は、拘束具でがっちりと固定されていた。

 手足は縛られ、頭は傾き、顔は死人のように青白い。


 乱れた髪が頬に張り付き、口には何かを咥えさせられている。

 呼吸は、かすかに聞こえるかどうかというほどに微弱。


 服は破れ、いくつかの箇所には汚れた包帯が巻かれていた。


 彼女は俺を見ようともしなかった。

 目は半開きで、焦点すら合っていない。


(……クソッ。)

(これが告解室?)


(これが――)

(俺が、彼女をここに送った。)


 喉が焼けるように痛む。

 飲み込もうとするたびに、何かが刺さるようだった。


 八雲は立ち止まらず、まるで展覧会でも見ているかのように中へ入る。

 軽い足取りのまま、こちらを振り返って歌うように言った。


「見たろ。」

「助けたいなら、自分でなんとかしろ。」


 俺は深く息を吸い込んだ。

 その足で、ゆっくりと彼の後ろに続いた。

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