第32話 白き審判の代償
教室に戻ったとき、八雲はもうそこにいた。
壁にもたれかかりながら、スクリーンにはまだあの夜の映像が流れている。
白い鎖、大きな十字架に磔にされた詩音。
血と涙のクローズアップが何度も繰り返されていた。
画面の端にはコメントが今も流れている。
まるで這い回る虫のように、画面を汚していた。
俺はその映像を睨みつけた。
喉が刃物で削られるように痛んだ。
次の瞬間、俺は前に出て、机に手のひらを叩きつけた。
「……消せ。」
八雲は動かなかった。
ただ、視線をゆっくり俺の顔に向け、薄く笑った。
「純白で壮麗――まるで、審判のために生まれた装飾だね。」
淡々とした口調。まるで芸術品でも評しているようだった。
「考えたことあるかい? なぜ『白』だったのか。」
(……そういえば、これまでの鎖は全部黒だった。
今回だけ、白だった。)
(クソ……俺が知るわけないだろ、そんなこと。)
睨みつけていたが、急に言い争う気も失せた。
この男は、わざと傷口に塩を塗るような奴だ。
深く息を吸い、身体を引いて椅子に座り直す。
(……こいつに吠えたところで無意味だ。)
熊谷も無言で椅子を引き、着席する。
間宮は肩をすくめ、俺を一瞥して隣に座った。
八雲はようやくリモコンを押し、映像が切り替わる。
黒い背景に白い文字が浮かび上がった。
「Adaptive Sin Armament」
「適応型・罪装兵装――審判構造体だよ。」
彼は振り返り、その文字を指差しながら、講義でも始めるかのような顔で言った。
スクリーンには、細かい文字が並ぶ。
種類:可変式処刑武装
形態は使用者の「CODE(審判詞)」により決定
対象の罪を定義し、それに応じた罰を生成する
備考:視聴者人気No.1「変形型罪装」
目を細めた。
「……何だこれは。」
声がざらつく。
「俺の罪装の設定データか?」
八雲は、何もかもお見通しといった笑みを浮かべた。
「見りゃ分かるだろ。」
(こいつ……またどこからこんな資料を引っ張ってきやがった。)
声を低くして訊いた。
「……これはAIの初期設定なのか?」
八雲は肩をすくめ、拍手でもしそうな勢いでわざとらしく笑った。
「あ~、さぁ? どうなんだろうね?」
鼻で笑い返す。
「へぇ……こんなもんに名前があったとはな。」
八雲はのらりくらりと続けた。
「名前なんてものはね、自分で勝手に変えたっていいんだよ。」
皮肉交じりの緩い声だった。
彼は次のページを映す。
「代償」と大きく表示されたその下に、歪んだコードの羅列が流れている。
俺は隣の熊谷と間宮に目をやる。
「……これ見せて、何がしたい。」
「このクソ装備がどれだけ厄介かなんて、俺たちはもう分かってる。」
熊谷はゆっくり頷き、いつもの余裕の笑みは影も形もない。
間宮は鼻を鳴らして椅子にもたれ、片眉を上げて言った。
「そうそう。罪装なんてマジでクソ。」
「ショーのたびに相手の『罪名』を先に調べないと、使えねぇし。」
視線は俺に向けず、言葉だけを落とす。
「それに――あんた、私たちがいなきゃ死んでたかもね?」
その口調には、棘のある優しさが滲んでいた。
皮肉にも聞こえたし、警告にも聞こえた。
八雲はリモコンを静かに置き、狐のような目で俺をじっと見つめる。
あの人を試すような、底の見えない笑み。
「まだ答えてないよね? ――『なぜ白なのか』。」
眉をひそめる。喉が乾いて痛んだ。
「知るかよ。言いたいことあるなら、さっさと言え。」
八雲の笑みが深くなり、目の奥が冷たく光った。
まるで、崩れる舞台を見て楽しんでいるような光。
「ふふっ。その日、君は立派にCODEを叫んで、
その結果――『Adaptive Sin Armament』が応答したんだろ?」
(……マジで中二病全開のネーミングだな。しかも長ぇし。)
(けど、こいつはそれを当たり前みたいに口にした。)
横を向き、記憶をたどる。
あの日の情景が、破れたフィルムのように断続的にフラッシュバックする。
血の匂い、叫び声、赤く光るカメラの目。
自分の喉が潰れるほど叫んでいたことしか覚えていない。
唇を舐める。乾いていて、声もかすれる。
「……いや、俺はCODEを言ってない。」
「それは……罪装の意志だったんだろ?」
八雲の眉がぴくりと動き、口元がゆっくりと歪んだ。
「は?」
返事はすぐには返ってこない。
ただ、舞台を見物するような視線が俺を貫く。
奥歯を噛み締め、呼吸が荒くなる。
(俺が彼女の罪を言わなきゃ、起動できないはず。)
(だけど、俺は……知らなかった。言えなかった。)
(ならあれは、俺の意思じゃなく――白い鎖も、その証拠だ。)
八雲がゆっくりと人差し指を立て、左右に振った。
「Nonono。迷える子羊よ。」
ゆっくりと、弄ぶように言葉を重ねる。
「さっきの授業、ちゃんと聞いてなかったんじゃない?」
彼はリモコンで一枚戻す。
あの白字が、もう一度スクリーンに映る。
形態は使用者の「CODE」審判詞により決定
対象の罪を定義し、それに応じた罰を生成する
八雲はその文字を指で軽くなぞるようにして言う。
「よく見て? 発動条件、ちゃんと書いてあるでしょ。」
俺は目を細め、冷たい声で返す。
「つまり、正確に言葉にしなくても発動できるってか?」
「ふざけんな。失敗した時、俺がどれだけ吐血したと思ってる。」
八雲は笑った。
その笑みは、皮膚をナイフで裂くように薄く、痛かった。
「――ま、とにかく『Adaptive Sin Armament』の話はここまで。」
「後は自分で考えなよ。」
「それより、大事なことがある。」
(逃げたな。)
(結局、何も答えてない。)
彼は俺を見ずにリモコンを操作した。
画面が切り替わり、赤い背景に黒い文字が浮かび上がる。
《AI特別公告》
西園寺の『活躍』により、AIは特別SHOWを追加決定。
八雲の声は軽く――まるで死刑宣告のようだった。
「君のために特別に用意されたよ。」




