第31話 告解の扉は閉ざされたまま
終端機の前に三人並んでいた。
俺はその後ろに寄りかかり、指で画面の縁をトントンと叩いていた。
(……クソ面倒な手順だな。)
(自分の状態を確認するだけでも、まるで打刻かよ。)
順番が来た。
掌を識別パネルに当てると、冷たい光線が掌紋をスキャンし、「ピッ」という音と共に個人情報が表示された。
【西園寺 透】
【状態:療養中(復帰予定:明日)】
【AI観察記録:高効治療履歴あり】
【ポイント消費履歴:高効治療 8600pt(補助後負担:4300pt)】
その小さな文字列を見つめる。
(……クソが。)
(俺の許可もなく勝手に治療して、勝手にポイント引かれてる。)
(報酬なんか全部相殺された上に、足まで出てる。)
(まるでAIが言ってるみたいだな――「お前の贖罪には、値札がついてる」ってよ。)
鼻で笑いながら、指を叩きつけるように終了キーを押す。
パネルは「パチン」と音を立てて消えた。
立ち去ろうとした瞬間、少し離れた場所から男女の笑い声が聞こえてきた。
目を向けると――間宮と、見知らぬ男たち数人。
彼女はそのうちの一人の肩にもたれ、気の抜けた笑みを浮かべていた。
(……コミュニティの「娯楽タイム」かよ。)
(随分ご機嫌じゃねぇか。)
男たちは俺に気づくと、一瞬固まった後、薄ら笑いを浮かべてきた。
「おっと、大英雄のお出ましだ。」
「審判官サマ、AIのお犬サマ、こっわ〜〜〜ww」
わざとらしく声を大にして、肩を突き合いながら笑いを堪えている。
(こういう手合いはいつもそうだ。安い挑発で相手をキレさせて、
自分が上に立った気になりたいだけの、哀れな連中。)
(……くだらねぇ。)
間宮もこちらに気づき、視線が交わる。
その瞬間、彼女の笑みがすっと消えた。
目が、一瞬だけ冷たくなった。
俺は足を向けた。
奴らの方へ――
その途端、男たちは反射的に半歩後退する。
(ほらな。こういう奴らなんだよ。)
「お、おい、何する気だよ……?」
目を細めて、低く抑えた声で告げる。
「別に、お前らじゃない。」
視線を間宮に向けた。
「話がある。」
彼女は眉をぴくりと動かし、いつも以上に冷めた口調で応じる。
「……何よ。」
「3W班、最近の様子は?」
間宮は一息ついて、感情を抑えるような口調で答えた。
「熊谷は……怪我してたけど、授業には来てる。」
「詩音は……たぶんまだ告解室。姿は見てない。」
(告解室……)
(あれだけ暴走したんだ、当然追及はされてるか。)
表情は変えずに、小さく頷く。
「……ありがとな。」
そして、背を向けかけたとき、無理に絞り出したような声が漏れた。
「……お前も、気をつけろ。」
(……俺、何言ってんだ。)
間宮は小さく鼻を鳴らし、口元が動いた。何か言いかけて、飲み込んだようだ。
「明日、クラス戻るの?」
俺は手を軽く上げて返事し、振り返らずに歩き出す。
背後では、男たちの小声が聞こえた。
「……なんだあいつ、思った以上に陰気じゃね?」
「さっきマジで殴られるかと思ったわ。」
「つかマジ無理……ビビった……」
「……黙れよ。
少なくともあんたらより頭使ってる。」
間宮が低い声で言った。
半拍おいて――
「下半身でしか考えられない奴らとは違う。」
空気が凍ったように静まり返り、靴が地面を擦る音が聞こえた。
直後に誰かの舌打ちと、遠ざかる足音。
俺は振り返らなかった。
ただ、無言で前を歩く。
(……何そのフォロー。口悪すぎんだろ。)
口元がわずかに引き攣る。
だが、笑いにはならなかった。
(告解室か……)
(会えるかどうか分からないが、確認くらいはしておくか。)
罪咎コミュニティの灰色のコンクリ通路を歩く。
空気には消毒液と焦げたオイルの臭いが混じり、喉奥が乾いて吐き気がする。
足音が壁に反響して、牢屋の鉄柵のように単調で冷たい。
(あの夜……あいつの目は、まるで何も見えてなかった。)
(死人みたいだったくせに、最後の瞬間だけ、何か全部吐き出しそうな勢いで……)
(それを、俺が――釘付けにしたんだ。)
奥歯を噛み締め、ポケットの中で指先がぎゅっと拳を作る。
罪装を起動した時の、あの生理的な嫌悪感。
喉にまだ残る、胃液の味。
十字架に吊るされた、祭壇の供物のような彼女の姿――
(……クソが。)
喉の奥から干からびた吐息を吐き出し、思考を押し殺す。
告解室は、崩れかけた教会の側棟にある。
外壁には枯れた蔦が絡まり、入り口には錆びた看板。
「罪咎告解室」と書かれている。
脇には監視用AIのレンズが2基、赤い光をぼんやり点滅させていた。
まるで家畜を監視する目。
階段を上がり、ドアノブに手をかける。
ひんやりとした金属の感触。
深く息を吸い、思い切って押し開ける――
「カチャッ」
無情な機械音。
扉は、びくとも動かなかった。
脇のAIレンズが動き、赤光が数回瞬いた。
冷ややかな合成音が響く。
まるで刑の執行を読み上げるかのように。
〈一般利用者の立入は禁止されています。〉
〈罪咎告解室へのアクセスは指定者のみ。〉
錆びた看板を睨む。
指先が、ドアノブに力を込める。
(……仮に中に入れたとしても、会える保証なんてない。)
(中に入るのは敗者だ。再教育、改造、AIに全てを晒される場所。)
胃がうねるように気持ち悪くなる。
あの血の匂い、彼女の最期の表情――蘇ってくる。
(……クソ……)
手を離し、一歩後ずさる。
監視レンズの赤い光が、まだ俺を睨んでいた。
まるで嗤うように。
じっと、鍵のかかったその扉を見つめる。
(……彼女に会いたいなら、八雲に頼るしかない、か。)
(――いや、待て。なんでそこまで。)
(あいつは、俺がどうこうする相手じゃないだろ。)
胸に、何かがつかえていた。
(……クソ、明日にしよう。)
踵を返し、階段を降りる。
靴の裏が、石の段差で乾いた音を鳴らす。




