第3話 クラス3W、沈黙の檻
午後は「クラス授業」の時間だった。
殺し合いじゃない。
むしろ、その逆。
同じクラスで飯を食い、掃除し、訓練する。
血が飛び散るのは「演目」のときだけだ。
クラス編成はAI管理。
罪装データ、戦闘記録、投票データ――
すべて計算され、「見応えのある」組み合わせにされる。
(まるでゲームのマッチングだな)
廊下の壁にホログラムのクラス表が貼り出されていた。
俺の名前は相変わらず「クラス3W」にある。
(変わってねぇ)
(数字とアルファベットに意味なんてねぇ)
ドアを押して入る。
プレートにはメンバー一覧。名前が一つ消えていた。
(志賀のように、昨日「終わった」奴。もうここにはいない)
中には三人だけ。
痩せた女、坊主頭の男、無口な若い奴。
昨日と同じ、でも一人減った。
誰も口を開かない。
AIの監視ランプが「カチ、カチ」と赤く瞬き、耳に刺さる。
(ずっと見てる。呼吸も、思考も、全部記録してる)
何も言わず、空いた席に腰を下ろす。
重い空気が喉を塞ぐみたいだった。
(……補充されるのも、時間の問題か)
そのとき、ドアが開いた。
入ってきたのは「感化官」――野田。
きれいな肩書きだが、実質は監視と教育係。
灰色の制服がやたらと目に刺さる。
「おい、入れ」
野田が振り返り、声を掛ける。
現れたのは、一人の少女。
銀色の髪、蒼白な肌。
顔は真っ白な紙みたいに無表情。
感情の影すらない。
だが、その瞳だけは異様に鋭かった。
冷たい鋼みたいな、透き通った視線。
(……あいつか。今朝、教会で見た新人)
息を呑む。
(こんなに早くここに放り込むとはな、AI様)
「クラス補充だ」
野田の声は、台本を読むみたいに平板。
「名前は枷堂詩音。枷堂はややこしいから、詩音でいい。自己紹介しろ」
少女――詩音は動かない。
静かすぎる沈黙。
指が机を軽く叩いた。
唇がわずかに震えたが、声にはならない。
痩せた女が一瞬だけ視線を寄越し、すぐ逸らす。
坊主頭の男が舌打ちして腕を組んだ。
(「また厄介なのが来た」……そう思ってるんだろ。俺もだ)
野田が小さく舌を鳴らす。
「もういい。AIが選んだんだ、これが3Wクラスの運命だ。文句ある奴?」
(運命?ハッ、笑わせる。ただのAIのオモチャだ)
詩音は静かに席に着く。
動きは滑らかだが、顔は感情を欠いた仮面。
視線が一人ひとりをなぞる。探しているのか、それとも審査しているのか。
逸らさず、目を合わせた。
(こいつがこのクラスに?チッ……)
詩音の視線が俺に止まる。
氷のように冷たい瞳。それでいて、どこか無垢な色を残していた。
(おい、AI様。こんな奴まで放り込んで、何を狙ってる?)
胸がやけに重い。
沈黙が続く。
その静寂を、野田が破った。
ゆっくりと口を開く。
「――よし」
「せっかく新人が来たんだ。いい機会だ、今日は訓練場へ行く」
「『罪装起動プロセス』の試演をやる」
「AIが次の審判カードを決める前に、準備しとけ」
誰も返事をしない。
野田は顎をしゃくり、そのまま言葉を続ける。
「勘違いすんな、嫌がらせじゃねぇ」
「俺だって、審判でヘマって告解室送りになるのは見たくねぇ」
「昨日、一人死んだばかりだろ」
(名前すら出さないのか。ただ「終わった」で片付ける)
野田の顔色は変わらず、声も平板なまま。
「だが補充は早い」
「……AI様も観客も、途切れないショーを好むからな」
(偽善者め。管理成績を落としたくないだけだろ)
野田の視線が俺に刺さる。
「西園寺」
「お前、ここ長いな。ベテランだ」
「新人の面倒はお前に任せる」
(は?)
目を細めて睨み返す。
「……それ、お前の仕事だろ」
低く吐き捨てる。
野田は鼻で笑い、答えず、全員を見回した。
「……昨日の仲間に黙祷しろ。せめてもの礼儀だ」
誰かが頭を垂れ、誰かが黙ったまま目を閉じる。
詩音は動かず、顔にも変化はない。
ため息をつき、立ち上がる。
(どうでもいい。死んだ奴にこんなもん必要か)
「……行くぞ」
詩音を見やる。
視線がぶつかる。氷のような目が、一瞬だけ揺れた。
すぐに、また無機質な仮面に戻る。
詩音は何も言わず、ゆっくり立ち上がった。
ドアを押し、外へ出る。
背後で椅子の軋む音。
他の三人もついてくる。
野田は壇の前で、手を組み、祈るような仕草をしていた。
――だが、それもAIがデザインした「儀式」にすぎない。
(……せいぜい祈ってろ。このクラスをどこまで守れるか、見ものだな)