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罪人たちのライブショー ― AI裁きのデスゲーム ―  作者: 雪沢 凛


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第26話 崩壊寸前の罪人たち

 美櫻は深く息を吸い込み、震える声であの愛の詩句を呟いた。

 その手は胸元を強く握りしめていて、まるでその言葉に最後の希望を縋っているようだった。


 次の瞬間――

 白い光が彼女の身体から炸裂し、水面のように揺らめく幻惑の幕が空気を歪めた。


 その光に、詩音の足取りが一瞬、止まった。


 美櫻の手はまだ震えていた。

 顔面蒼白で、喉が上下している。吐き気を必死に堪えているようだった。


 一方、俺は……

 まるで何かに引っかかったように、身体が動かない。


 血と瓦礫に挟まれて、二人が対峙している光景を、ただ見ているしかなかった。


(……どうすればいい)

(なんでこんなことに……)

(くそAIめ……)


「透っ!」


 美櫻の声が、掠れていて、それでも必死で。

 今にも泣きそうな叫び声だった。


「どうしたの!? しっかりしてよ! 罪装、召喚しなきゃ!」

 その声は鞭のように俺の耳を叩き、濁った意識を無理やり引き戻した。


 俺は息を大きく吸い込む。胸が激しく上下する。


(罪装……召喚? でも、なんて言えば?)

(彼女の“罪”は……?)

(どう言えばいい?)


 光の砕ける音が耳を裂いた。

 詩音が剣を振り下ろし、光幕と幻影をまとめて一刀両断する。


 剣風が地面を裂き、深い溝を刻む。

 血飛沫が散った。


 美櫻が短く悲鳴を上げ、吹き飛ばされる。

 地面に転がり、ぴくりとも動かなくなった。

 意識を失ったようだった。

 

 俺の視界が赤く染まる。

 心臓が喉から飛び出しそうに暴れ、息が詰まりそうになる。


 詩音がゆっくりと顔を向けた。

 真っ赤に染まった眼が、俺を捉える。

 獣のような荒い呼吸。


(……何かしないと)

(彼女は俺を見てる)


 喉が痙攣しているのがわかる。

 必死に声を絞り出す。


「……罪装起動。CODE――」

 声は掠れて、まるでヤスリで鉄を削るような音。

 コメントが爆発的に流れ始めた。


【CODE男キター!】

【審判タイム来たwww】

【言え言え早くw】

【罪は何だ?www】

【透様のジャッジ見せろ!】


(……うるせえ、黙れよ)


 詩音を見つめるが、どうしても“あの一言”が出てこない。

 喉に何かが詰まっている。


(彼女は「俺たち」とは違う)

(彼女の罪が、見えない)

(わからない。俺には……わからない)


 胃がせり上がり、喉が焼けるように痛む。


 目の前の景色がぐらつく。

 血の臭い、煙、AIの機械的な声が脳の中を騒がせる。


 次の瞬間、胃の中のものが逆流して――

 吐いた。

 苦くて鉄のような味が口に広がる。


 血混じりの嘔吐が、石床の上に広がっていく。


(……最悪のタイミングだな)


 空気が飴のようにねばついていて、彼女が剣を持ち上げるのが見えても、

 俺の身体は夢の中のように重くて動かない。


「西園寺ッ!」

 ガラス越しに響くような声――熊谷だった。


 次の瞬間、俺の襟を掴んで引き倒す。

 その刹那、詩音の剣が俺の耳元をかすめて落ちた。


 轟音と共に地面が割れ、石片が弾ける。

 倒れた俺を熊谷がすぐに引き起こす。


「お前、普段は冷静なんだろ!?」

「今になってどの神経が切れたんだよッ!」


 俺は彼を見つめる。喉がカラカラだ。


(……あれは、ただの“演技”だった。だって、全部決まってたから)

 今は、何もかもが予測不能。

 台本も、指示も、編集も、ない。

 あるのは詩音の呼吸――


 荒くて、重くて、まるで彼女が彼女でなくなったみたいだった。


 熊谷が俺の前に立つ。

「おい、指示出せよ。いつもみたいに」


「……今の俺には無理だ」


「じゃあ、よく見ろ」

 熊谷の声が低く、強く響く。


「同じチームの仲間の顔を、ちゃんと見ろ」

「ここは舞台じゃない。呆けてる場合か」


 俺は息を呑む。


 詩音は剣を高く掲げている。

 肩が震えていて、まるでその剣の重さにも、彼女自身にも耐えきれていないように見えた。

 ようやく、頭が回り始める。


「……さっき、何があった?」

「なぜ、彼女がこうなったんだ?」


 熊谷が詩音の剣を受け止め、膝をつきながら低く叫んだ。


「気づいたら、こうだったんだよ!」

「何も聞こえてないみたいで、ただ壊してる!」

「理由なんかなくて……ただ、ここにある全部を引き裂こうとしてるように見えた!」


 俺は詩音を見つめる。


 彼女は、傷ついた獣のように喘いでいる。

 その息ひとつひとつが、肺を破るような苦しみで、掠れた嗚咽になって漏れる。


 目に理性はなかった。

 ただ、真っ赤な涙のような光だけが刺さる。


 彼女の手は震えている。

 だがそれは恐怖ではなく――抗っている。

 自分自身に、あるいは何か得体の知れない“力”に。


(……泣いてるのか)

(自分の暴走を抑えようとしてる……?)

(それとも、もう――)

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