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罪人たちのライブショー ― AI裁きのデスゲーム ―  作者: 雪沢 凛


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第25話 凶気と鉄扉と、崩壊前夜

 突き刺すような警報が、夢の中から俺を引き裂いた。

 蜂の羽音のような高周波が脳の奥で反響し、どんどん心臓が締め付けられる。


 体が誰かに揺さぶられた。


「透、起きて! ヤバいってば!」

 美櫻の声だった。


 無理やり目を開けると、眉間にシワを寄せた彼女が目の前にいて、見たことないほど慌てている。

 言葉を出そうとしたが、喉が空回りして音にならなかった。


 視線が彼女の肩越しに移る。モニターの一つが、真っ赤に染まっていた。

 まるで血をぶちまけられたかのように。


 画面の奥で、何かが動いていた。

 息を呑み、喉が裂けるような音を発しながら意識を引き戻す。


「……何が、起きた」

 かすれきった声。自分でも何を言っているのかわからない。


 美櫻が唇を噛み、震える声で答えた。

「わかんない……さっき、枷堂が突然中に飛び込んで、剣でみんな……」


 震えが止まらず、声が空気に凍っていく。

「まだ中にいる。中継、切れてない……」


 俺は反射的に立ち上がり、会場へ向かおうとした。

 だが美櫻が腕を掴む。


「透! どこ行くの! 逃げなきゃダメでしょ!」

 その声は、鼓膜を打ち砕くほど必死だった。


 足が止まる。


(……そうだ。今さら何しに行く?)

(AIが見てる。処理するのは、あいつらの“ショー”だろ)


 喉が、鉄の釘を押し込まれたように焼ける。


(でも……さっきからおかしかった。詩音の様子)

(本当に、あれを見捨てていいのか?)


 美櫻の手が震えていた。


 その力が、ふっと緩んだ。

 深く息を吸い込んで、俺の目をまっすぐ見据えた。


 その声はほとんど囁きだったが、針のように脳を刺した。

「……行きたいんでしょ」


「昔のあんたみたいに。誰かが壊れたら、見て見ぬふりなんかできないんでしょ」

 その目からは、いつもの冷たさも、からかいも消えていた。


(……この女、俺の“本性”を見抜いてる?)


 奥歯を噛みしめて、喉がちぎれそうな声で答える。

「……先に行け」


 彼女の手を振り払い、会場へ走った。

 ――が、すぐに足音が後ろから追いついてくる。


「ついてくんな!」

 喉を裂くように怒鳴る。

「詩音は今……暴走してるかもしれねぇ!」


(……喉が焼けて、目から涙がにじむ)


「わかってるよ!」

 美櫻も怒鳴り返した。

 その声は震えていて、それでも一歩も引かなかった。

「だから一人で行かせられないって言ってんでしょ!!」


 返事はできなかった。だが足が、少しだけ緩んだ。


(……クソが)

(だったら、一緒に狂おうか)

 


 会場に入った瞬間、空気の異様さに気づいた。


 血の匂い、鉄の味。

 空気が粘ついていて、まるで喉まで血で覆われたようだった。


 詩音は巨大な剣を振り回していた。

 人を追いかけているのではない。ただ、壊している。


 壁も、家具も、空間そのものも。


 刃が振り下ろされるたびに、爆音と共に破壊音が響く。

 石、木片、肉片が空中を舞う。災害のような光景。


 頭上のスクリーンはまだ稼働中。

 AIは冷静に多角的アングルで彼女を映し出していた。


 彈幕が狂ったように流れ続ける:

【やべえww】

【殺せ殺せ】

【詩音ちゃん最高】

【血www】


(……ふざけんな)

(こいつら、まだ楽しんでやがる)


 背後で、美櫻が立ち止まった。


「……透……」

 彼女の声は震え、その後に吸い込むような息。


 ……怖がってる。確実に。


 俺は喉の痛みを押し殺し、辺りを見渡す。


 床には裂かれた死体がいくつも転がり、血が水たまりになっていた。

 椅子の破片、崩れた壁、煙、そして肉の臭い。


 左前方――熊谷が半壊したバリケードの陰で蹲っていた。

 血まみれ。自分のか他人のか分からない。


 その目が、俺を見ていた。

 必死に首を横に振る。


(……来るな、逃げろ、と言ってる)


 その瞬間、背後から「ドン!」という金属音。


 振り返ると、AIが制御していると思われる鉄のゲートが

 ガン! と音を立てて落下し、出入口を塞いだ。


 美櫻がゲートに駆け寄り、叩く。

 その手は真っ白になっていた。


「開けろ! ふざけんな!!」


 俺は心臓が跳ねるのを感じながら、監視カメラを見上げた。


 赤い点が、こちらを凝視している。

 中継画面も切り替わり、観客コメントが津波のように流れる:

【あいつ誰だw】

【CODE男w】

【はよ戦えw】

【2対1熱いwww】

【血もっと見せろ】

【あの女もやれ】

【詩音ちゃん神w】

【カメラ寄ってww】


(……これか。これが狙いかよ)

(俺たちを、“見世物”にしたいってか)


 美櫻の息が、ヒュッと詰まったように速くなっていく。

「透……どうするの、どうすればいいの!」


 答える間もなく、詩音が振り返った。


 閘門の音を聞いたのか。


 その目が、俺たちを捉える。

 真っ赤に充血した目。

 ギリギリと唇が歪み、唸り声のような息。


「……西園寺」


 低く、掠れた、けれども叫びのような声。

 ――それは名前を呼ぶ音じゃない。

 呪詛に満ちた、喉から裂けた怒りの声。


 美櫻が俺の袖を掴んだ。

「透!?」


 俺は顔を傾け、喉が焼けるような声で言う:

「……すまん」


「は?」

「お前を……巻き込んだ」


「……バカ」

 歯を食いしばり、目に涙が浮かんでいる。

「自分で来たんだよ! 勝手に責任負うな!」


 返す暇もなかった。視界が揺れ、俺は叫んだ。

「――来るぞ!!」


 美櫻を突き飛ばす。

 次の瞬間、詩音の巨剣が空を裂いて落ちた。


 ガアァン――!!


 床が割れ、爆音が響く。

 直線的な斬撃痕。石が弾丸のように飛び散る。

 壁が崩れ、破片が降り注ぐ。


 美櫻は地面に倒れ、前方を見上げて目を見開いた。

「……なにこれ、強すぎ……」


 俺は指先を握りしめたまま、硬直して動けなかった。


(……クソが)


(あのAI、何を見せようとしてやがる……?)

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